【77】襲撃後Ⅱ
時間は襲撃の直後まで遡る。
まだ、夜が明ける前。
ジゼルを始めとした現場に居合わせて被害にあった侍女らは医師の診察と治療を受ける事となった。狩猟祭ゆえに医術に心得のある者が普段より大目に呼び寄せられていた事は、幸いだった。
最も重傷と見られるジゼルは、医師からほんの少しでも体調の変化を感じたら報告するように言われ、絶対安静を言いつけられた。頭を打っていたからだ。
「そんなっ! もう何も問題ありませんわ、医師」
ジゼルはそう主張したが、医師はそんな彼女に首を横に振った。
「一見問題がないように見えても、後から急に体調が悪化する前例があります。暫くは安静にしていただいた方がよろしいかと」
医師の言葉をジゼルの横で聞いていたメルツェーデスは、大事な侍女の手を掴んで訴えた。
「ジゼル。医師の言う通りにして頂戴。わたくし、貴女に何かあったら……」
大事な主人から目を潤ませながらそう訴えられて、ジゼルは大人しく療養する事を承知した。
――そんな会話を、部屋の外から伺っている人間が一人いた。
その人間は早足にその場を離れる。己の仕事現場に戻ったものの、同僚たちは不安そうな顔をして、狼狽えるばかり。当然だ、伯爵家の人間が襲われたのだから。しかも、伯爵家が主催する後夜祭の会場でである。
「皆、落ち着いて。ともかく、まずは己の仕事をしましょう」
今いる中で最も古株の同僚が、そう声を上げた。皆、彼女の言葉に同意を示した。
「アンナたちは医師の方々に不足している物資がないか聞いて頂戴。ヘレーネたちは控室の片づけを。ゼラフィーネたちはメルツェーデス様のお荷物を纏めておいてくれる? 大事を取って、もしかしたら朝一でお屋敷にお帰りになるかもしれないわ」
「分かったわ」
ゼラフィーネは頷いて、同僚一人と共に、メルツェーデスの部屋に向かった。道中、騎士たちが警戒態勢で歩いているのを見た。彼らの一人が、難しい顔をして呟いた声がゼラフィーネの耳に届く。
「あの襲撃者たちはどこから侵入した?」
それは侍女たちも、最初に騒いだ問題だった。
この時点ではまだ、襲撃犯たちは捕らえられていたものの、犯行を指示した者についての情報は出ていなかった。
なので犯人たちの侵入経路というものが誰も分からないでいた。
伯爵家の警護の何処に穴があったのか。警護を担当していた騎士たちからすれば、最大の問題だ。当然、担当者たちは隅から隅まで穴があったのか、調べる事となっているようであった。
「まず衣服から集めましょう」
「分かったわ」
ゼラフィーネと同僚はメルツェーデスの服を整理する。
一泊二日程度の短い外泊であるが、何かあった時の事などを考えて、用意された服の種類はかなりある。万が一の出来事で着替える服がない、などという事態を起こさないようにだ。
その荷物たちをしまっていく。
此度の狩猟祭では主役ではないメルツェーデスでもこの量の荷物があるので、主役のルイトポルトや主催である伯爵夫妻らが持ってきている荷物は更に多い量なのは間違いない。
「それにしても……メルツェーデス様たちが無事で何よりだったわ。ねえゼラ」
「本当にそうね」
「そういえばゼラ。さっきジゼルさんの――」
「アッ!」
「どうしたの?」
「しまったわ。私ったら、メルツェーデス様たちの騒ぎの話が来て、していた仕事を半端な状態でここに来てしまったわ」
「まあ。ゼラ、そちらを先に片づけていらっしゃいな。こちらの仕事は私が先にしておくから」
「本当にごめんなさい。すぐに戻るから……」
ゼラは早足に、メルツェーデスの部屋を出た。
彼女は急いで歩き続け、自分の荷物が置いてある部屋に戻ってきた。主人の荷物の整理が終わっていないのに、自分の荷物を片づけるなど、本来は有り得ない。にも関わらず、ゼラは自分の荷物をひっくり返した。中に入っている物を確認する。
自分の所持金をしまっていた袋をひっくり返し、中身を確認する。
もう夜も遅い。どこかへ向かう馬車も出ていないだろう。となると、どこかで馬を借りていけば――。
「失礼、します」
「ひっ!?」
ゼラフィーネは背後から聞こえた声に、振り返った。
そこに立っていたのは、ルキウスだった。
「ジョナタン様、からの、連絡で。今夜、屋敷にいた人、の、話を伺いたい、と」
壊れた楽器のような引き攣った声は、やや聞き取りづらい。そんな声で喋りながら、ルキウスは片方しかない瞳でゼラフィーネを見た。
その目に見られた瞬間、ゼラフィーネは頭の中が、赤一色に染まるのを感じた。
「お前がッ!」
急に大声を出して立ち上がった侍女に、ルキウスは面食らったようであった。
「お前が、いたから! お前なんぞが、いたから! お前のような!! 男が!」
ゼラフィーネはそう叫びながら、部屋に置かれていた小さい花瓶を持ち上げた。花瓶に挿されていた花が水と共に落ちる。その綺麗な小さい花は、ぐしゃりとゼラフィーネに踏みつぶされた。
「お前さえ、いなければああああああっ!!!」
ゼラフィーネはそう絶叫しながらルキウスに襲い掛かった。
ルキウスは突如発狂したように騒ぎ出した侍女の腕をつかんだ。そうすれば、侍女の腕はそれ以上動かない。
性差に加えて、肉体労働よりは主人の話し相手となる事が主である侍女と、従僕として普段からあれこれと荷物を運び、弓や剣の訓練を受けていたルキウスとでは、単純な力の差が全く違った。
抑えられて尚、ゼラフィーネは血走った目をしながら叫んでいた。
「お前のせいだ、お前のぁぁあああああああああ!!!!」
ルキウスはゼラフィーネが突然そう叫び出した理由がサッパリ分からなかった。また、貴族階級出身で、メルツェーデスの侍女である彼女には手荒な真似など出来るはずもなく、暴れるゼラフィーネの腕を掴んだままどうするべきか困り果てた。
そんな膠着状態はそう時間もかからずに終了した。
ゼラフィーネの大声を聞いた使用人たちが集まってきて、あっという間に彼女は取り押さえられる事となった。




