【76】襲撃後
現伯爵の妹が、伯爵家が開いている後夜祭の会場で襲われるというのは大きな騒ぎになる。伯爵家の管理責任にもなりかねないし、メルツェーデス自身の醜聞にもなるだろう。そうした判断から事件はパーティー参加者に対して公表される事はなかった。
メルツェーデスは人気のない離れた部屋にいたという事で、参加者たちには気が付かれていなかった。
次の日には、狩猟祭の参加者たちは続々と家へと帰っていった。
そのような中、帰宅を許されなかった参加者が、一人だけいた。
バルナバス・ファイアオパールの事である。
メルツェーデスの身に起こったような事件の場合、大概は実行犯は下っ端だ。
下っ端を捕まえても、依頼主が誰か分からないよう細工されていたり、あるいは部下が上の人間を裏切ろうとせず、黙り続けている事が多い。
それにより真犯人の特定や断定に手間取るなんて事がよくあるのだが……今回の実行犯たちは違った。
正確には、リーダー格の男や他の逃げた男たちは指示を出してきた相手を恐れてか、忠誠心からか、黙り続けていた。ただ一人、尋問に耐えきれずさっさと吐いたのが、リーダー格に頬を殴られていた男だった。
あの殴られ男の口によって、指示を出したのはバルナバス・ファイアオパール子爵令息という事が明らかになった。
実行犯たちは皆、バルナバスの実家である子爵家の分家筋の人間で、立場の弱い貴族の人間であった。
ジュラエル王国では、「男児は家を建ててこそ一人前」という考え方がある。
この家を建てるというのは物理的な家を建てる事ではなく、功績を建てて新たに爵位を得て独立する事を指している。
そのため、親は子供が爵位を得られるように働きかけるし、子供も出来る限り爵位を得て独立するように行動する。
こうした文化的な理由から、王国では肩書きのみの貴族(一代限りで子に引き継ぐことが出来ない爵位)であれば、己の身を保障する貴族――殆どが親であったり、本家だ――がいれば、簡単に手に入れる事が出来るようになっている。お陰で同家名かつ同爵位の貴族家が多数になり、一部の家を除き、家名だけで家を特定するのは困難どころか殆ど不可能となっている。
ただし、簡単に爵位を与える事でどうなるかと言えば……数の定まった仕事の枠組みから、あぶれる貴族がいるという事だ。
代々引き継ぐ爵位と領地を持つブラックオパール伯爵家のような家がある一方で、努力を続け実力を付けて仕事を得なければ、貴族であろうと明日の食事にすら困るような者もいる。
そういう立場になった者は、それでも爵位に拘る者もいれば、諦めて貴族から平民になる道を選ぶ者もいるのだが……。
今回の実行犯も、そうした、後のない貴族たちであった。
ある者はなんとか若い頃に一代限りの爵位は得たものの、まともな職に付けず苦労していた。
ある者は家から出る年頃になっても爵位を得る事が出来ず、親兄弟や親戚から白い目で苦しんでいた。
ある者はシンプルに、お金に苦労していた。
そんな者たちだったからこそ、バルナバスの危険な願いに従ってしまった。
もともと自分たちにとっては従うべき存在である本家の嫡男から、メルツェーデスを連れ出す事に成功するだけで金を渡すと言われたのだ。
どう考えてもより大きな問題になり罪を問われるお願いであったのに、彼らは引き受けた。
結果として、ブラックオパール家の人々から犯罪者として扱われている。
(絶対釣り合わない)
いくら差し出されても、その後犯罪者となって生きる事と比べたら、マシだろうとルキウスは思う。勿論、ギリギリまで追い詰められた人は今目の前を生きる事が最優先になる気持ちは、ルキウスにも経験がありよく分かる。
だがまともに学もないルキウスと違い、彼らは若い頃からある程度の教育を受けてきた貴族なのだ。少し先の事や危険度を考える余裕ぐらいあったのではないか、と思ってしまうのであった。
ともかく、殴られ男の暴露した情報を餌に他の実行犯も揺さぶれば、リーダー格の男を除いた四人が全員、メルツェーデスを連れ出そうとするに至った経緯を吐くに至った。
実行の核であったリーダー格の男はバルナバス(或いはファイアオパール子爵家)に対する忠誠心があるようで、最後まで何もしゃべらなかったが……他四人から情報を集められれば、バルナバスの身柄を拘束するのは十分だ。
そうしてバルナバス(と彼に付いてきていた人々)は館に取り残された。
「誤解だと言っている。恐らく私がメルツェーデス様に恋している事を知ったどこかの者が、私の名を騙りそのような事をしたのだ!」
バルナバスはそう主張し続けた。




