【73】狩猟祭-後夜祭Ⅴ
後夜祭の会場となっている大広間は、横に庭がある。その庭に繋がるドアを開けて、トビアスとルキウスは外に出た。
ルキウスは庭に降りるための階段に、どさりと腰を落とす。膝が震えていた。緊張の魔法が解けて、もう立ち上がる事すら出来なさそうだった。
「悪くない出来だったぞ。お疲れ様」
ルキウスは項垂れたまま僅かに頭を縦に動かした。
「とはいえ――」
トビアスの声が固くなる。ルキウスは重い頭を動かして、横のトビアスを見上げた。
トビアスの表情はやや不機嫌そうなものだった。なにか不興を――と振り返り、ルイトポルトから弓を受け取った時のトビアスの反応を思い出す。
あ、という顔をしたルキウスに、トビアスは表情をやわらげた。そして一人納得するように、呟いた。
「――とはいっても、騎士ではないお前に求めすぎていたな。だが。覚えておけ。騎士にとって、主人の武器を譲り受けるというのは、誉だ」
「ほまれ」
「そうだ。使う武器は剣、弓、槍など様々あるだろうが……騎士にとって、武器というのは己の命そのものだ。だからこそ己の武器の手入れは欠かさない。必要な時に使えないと困るのもそうであるが、自分の身を常に最善の状態にしたいのは当然だろう?」
武器が命……職人にすれば、道具が命というのと同じだろう。ルキウスは理解した意味を込めて頷いた。トビアスは続ける。
「ルイトポルト様は正式な騎士とは違うが……あの方にとって、父君から賜った弓が特別な物である事は、お前も当然知っているだろう。その弓を譲るというのは、それほどお前を特別視し、お前の活躍には価値があるという事を周囲にも、何よりお前に対して、示したんだ。とてつもなく……とぉてつもなく名誉な事だったんだ。喜びから大騒ぎしてもおかしくない事だ」
……ルキウスは理解した。トビアスがこう言うという事は、ルイトポルトも同じ様に考えていたはず。故に弓を渡されたルキウスが喜ぶとルイトポルトは当然考えていて――そうではない故に、あれほど不安そうな、悲しそうな表情をしていたのだ、と。
「ぁ、わ、わた、し……!」
「どうにもお前相手には、お前が貴族の慣習に疎いという事を忘れがちになるな……次からは気を付ける。――そのような理由ですので、どうか、此度の無礼はご容赦願います。ルイトポルト様」
「!?」
トビアスが横を向き、頭を下げながらそういった。ルキウスが驚いてトビアスが頭を下げた方を見ると、ルイトポルトが一人立っていた。ルイトポルトは苦笑しながらトビアスとルキウスに近づいてくる。
「頭を下げる必要はない。最も気にかけなくてはならなかったのは、ルキウスの主人たる私だ。しかもルキウスは目覚めたばかりだったのだろう。急に慣れぬ事をさせたのだから、お父様も、その点でも大目に見て下さる」
「寛大な御言葉、ありがとうございます」
「ル、イトポルト、様……」
ルキウスは主人の名を呼び、それから次の言葉が出てこず俯いた。
そんな部下を励ますように、ルイトポルトは腕を叩く。
「ルキウス。そんな顔をする必要はない。お前はあの巨大な肉食ペリカンを仕留めたという、大仕事を果たしているんだ。他の細かい失態は見過ごされるべきだし、あの程度の失態を後から口うるさく言うような者がいたならば、私に教えるように」
「は、はい」
「さてトビアス。ルキウスはそろそろ下げた方が良いと思うのだが」
「そう提案させていただくつもりでした。では、このまま下がります」
「私も途中まではついて行く。なんだかルキウスとは、随分と長い時間離れていたような気持ちがあるのだ」
そんな会話を交わしながら、三人は外を通り、そのまま本日宿泊予定の別館の方へ移動しようとして――ルキウスは静かな夜の風に乗って、小さな悲鳴が聞こえてきたのに気が付いた。
「今、何か」
「? どうかしたか、ルキウス」
立ち止まったルキウスを、ルイトポルトは不思議そうな顔をして見上げている。それに返事が出来ず、ともかくルキウスは横のトビアスを見た。
音となれば、トビアスである。トビアスが特に反応していなければルキウスの聞き間違いで終わるのだが――トビアスの表情は真剣な物に代わっていて、先ほど聞いた悲鳴が幻聴ではないと分かった。
ルキウス、トビアスらが揃って表情を固くさせたのを見て、ルイトポルトも何かが起きたのだと気が付いた。
「何があった?」
「微かに、悲鳴が……トビアス様は」
ルキウスに尋ねられたトビアスは後夜祭会場を見ながら、言った。
「ええ、悲鳴でした。――メルツェーデス様の」




