【72】狩猟祭-後夜祭Ⅳ
「ルキウス。墓だけでは活躍と釣り合わないだろう。他に望みは?」
伯爵はそういったが、ルキウスにはそれ以上の望みなんて何もなかった。だから彼は首を横に振った。
その行動は無欲だったが、その無欲さをどう感じるかは人それぞれだ。ある者は好ましいと思うし、ある者はあの程度の意欲しかないのかと落胆した。
実際、伯爵の顔を立てるためには、適度に何かを要求するべきであった。何も望まないという事は、伯爵が充分な褒賞を用意できない人間だと言っているようなものだからだ。
トビアスは分かっていたが、敢えて補足はしなかった。これがルキウスであるし、彼と直接話す事が殆どなくとも……伯爵もそれを理解している。
案の定、僅かに気分を削がれた様子の周囲に反して、伯爵は機嫌を悪くすることはなく、鷹揚に頷いた。
「どうやら此度の優勝者は無欲な親孝行者のようだ。では他は私が選び、後々与えよう。さて――ルイトポルト。来なさい」
伯爵に呼び寄せられて、ルイトポルトが進み出てきた。ルキウスは片目でルイトポルトの動きを追う。
「ルキウス。大袈裟なぐらいで構わない、喜べよ」
少しだけ離れた位置のトビアスからの助言が耳に届いたのと、ルイトポルトが動いたのはほぼ同時だった。だからルキウスはその言葉を確りと理解する事が出来なかった。
「本日お集まりの皆さま。こちらの弓を見ていただきたい!」
ルイトポルトがそう言うと、ジョナタンが盆に乗った弓を掲げる。
素晴らしい弓だと、武具を持った事のある人であれば理解できる品だ。
「これは我が敬愛する父君より、本日の狩猟祭のために賜った弓でございます。――ルキウス。私の従僕。お前に、この弓を与えよう」
会場がざわめいた。
そのざわめきがなんであるか、ルキウスは分からない。分からないし、何故ルイトポルトが弓を譲るなんて言い出したのか、分からなかった。だってあの弓はルイトポルトが父から貰ったと、あれほど喜んでいた品で……それをどうして己に? という困惑の方が遥かに大きかったのだ。
ルイトポルトは盆の上から弓を両手で持ち上げて、それからルキウスに近づいた。
「ルキウス。お前はこの弓に相応しい」
ルイトポルトは目を輝かせ、頬を紅潮させていた。興奮が見て取れたが、ルキウスは直前のトビアスの助言も忘れ、「あり、がとうご、ざいます……」と固い声を出すのが精一杯だった。
ルイトポルトは、ルキウスの反応が自分の予想と違った事にショックを受けたようで、顔から血の気が引いていた。
「……嬉しく、ないか……?」
ルイトポルトの小さな言葉に、ルキウスはやっと先ほどのトビアスの助言を思い出した。そして慌てて、周りに聞こえるように出来る範囲で声を張り上げた。
「嬉しいです。おど、驚いて、しまって……」
「そ、そうか。嬉しいか。なら良いのだ!」
ニコッと笑うルイトポルトに合わせながら、ルキウスは自分の腕の中にある弓をどうしたらいいのか、本気で困った。だって絶対に、とてつもない額をつぎ込んで作られているような代物だ。到底自分が普段使いできる物ではないし、かといってあの小さな下人棟の部屋においておくのも不安で……。
先を考えると頭が痛い。だがとりあえず、弓を受け取ったルキウスはジョナタンが差し出してきた盆の上に弓を置いた。弓を握ったまま、後夜祭を動くわけにはいかないという配慮だろう。
優勝者への褒美の授与は、以上であった。
これでルキウスの仕事は終わった――と思ったのだが。
褒美の授与が終わったルキウスの周りに、後夜祭の参加者が続々集まってくる。集まってくるのは殆どが男性だった。彼らはルキウスの腕を褒めつつ、どんな風に肉食ペリカンを仕留めたのかを聞きたがったり、何故か娘をやたら紹介してきたり……訳が分からず、ルキウスは頬を引き攣らせて固まった。
それらをトビアスは手際よくさばいていく。そして気が付けば腕を掴まれ、人込みの中から連れ出された。




