【71】狩猟祭-後夜祭Ⅲ
ブラックオパール伯爵家の人々は、皆、当然の如く正装に身を包んでいた。
当主である伯爵は品のある落ち着いた雰囲気に纏めているが、服の色は暗すぎない色だ。髪色が基本的には黒っぽいためだろうか。
その横の伯爵夫人は、本物の黒蛋白石がいくつも縫い付けられた、煌めくドレスを身に纏っている。布地の色も暗めなので一見目立たなさそうであるが、夜という事もあり沢山用意された明かりによってむしろ光を反射するように、存在が目を引くようになっていた。
寄り添う二人のすぐ傍に、ルイトポルトがいる。
ルイトポルトはやや緊張した面持ちで、父と揃いの服に腕を通していた。
ルイトポルトはルキウスを見ると、パッと笑顔を浮かべる。が、即座に場所を思い出したようで慌てて澄ました表情を作っていた。
最後に、三人の一歩後ろに、メルツェーデスがいた。
メルツェーデスは同じ女性である伯爵夫人に比べて、極めてシンプルなドレスを着ていた。色もほぼ単色で、髪も装飾品は付けているものの地味に括っている。
現伯爵夫妻と、その長子かつ嫡男であるルイトポルトと、伯爵の妹でしかないメルツェーデス。両者にはしっかりとした格付けがあるように感じられた。
「どうやら、この後夜祭の主役が来たようだ」
伯爵の声は張り上げた感じがないのに、よく通った。
会場中の人々が――三分の一ぐらいは、歩いていくルキウスとトビアスに気が付いて既に黙り始めていたが――伯爵たちの方を向く。
「伯爵様がお前を紹介される。名前を言われたら、礼をしろ。胸に手を当てて頭さえ下げれば良い」
トビアスがそう囁いたと思った次の瞬間には、彼はルキウスから離れていた。
その代わりとばかりに、伯爵がルキウスのすぐ横まで移動してくる。
ルキウスの人生で最も伯爵の傍に寄った瞬間であった。
「紹介しよう。我が息子ルイトポルトの従僕にして――本日の狩猟祭において、誰よりも素晴らしい獲物を仕留め、己が優れた弓使いである事を証明した、ルキウスだ」
名前を呼ばれた。言われていた通りに胸に手を当てて、頭を下げる。癖でかなり深くまで頭を下げてしまった。
(いつ上げるんだ?)
だらだらと汗が流れそうになりながら床を見つめていたルキウスだったが、背中に伯爵が手を置いて促してきた事で、顔を上げる。
ルキウスが顔を上げると、伯爵はコツコツとよく手入れされた靴を鳴らしながら歩いていった。
その動きを目で追って、そこでようやっと、ルキウスは気が付いた。
あの、巨大な巨大な肉食ペリカンが、会場の上座に作られた台座の上に置かれているのを。
あれだけ大きいのに、全く気が付かなかった。それだけルキウスが緊張し、周りを見る余裕がなかったという事だ。
伯爵の傍に、どこから現れたのかジョナタンが近づいて何かを囁いた。それに伯爵が頷く。
肉食ペリカンを見ながら、伯爵は改めてルキウスに向き直る。
「狩猟祭の優勝者には褒美を与える。それが習わしだ。――さてルキウス。汝は何を望む?」
「望、み……」
望み……欲しい物。
浮かぶのは一つしかない。
ハッとルキウスは伯爵のすぐ横にいるジョナタンを見た。ジョナタンはルキウスと視線が合った事に気が付くと、ゆっくりと頷いた。
会場中が、一体彼が伯爵に何を願い出るのか、興味津々で集中していた。優勝者に与えられる褒美の授与というのは、一つのショーみたいなものである。
金か。地位か。それ以外の何かか。
見られている緊張はルキウス自身にも襲ってきて、両手が、汗でベタベタになる。
何度も握り直しながら、ルキウスは伯爵を見つめて言った。
「はか、を。両親が、静かに眠れる、墓を」
それは大方の人々の予想を裏切る物であったし、ルキウスの事情を良く知らぬ大半の参加者たちには訳が分からない願いであっただろう。
だがそんな周囲の困惑など気にも留めず、伯爵はルキウスを真っすぐに見ながら言った。
「良いだろう。ルキウス、汝の親に、伯爵領にて静かに眠る許可を与えよう」
ルキウスは深く深く頭を下げた。
「あり、がとう、ございます。ありがと、う、ございます……!」
己のせいで、死後有り得ぬ冒涜に遭った父母。彼らが二度とそんな辱めを受けない場所で眠れるようになる事は、ルキウスの悲願と言ってよかった。
いつの間にか近寄っていたトビアスがルキウスの肩を軽くたたくまで、ルキウスは伯爵に対してお礼を伝え続けるのを止めなかった。
これでやっと肩の荷が下りた。




