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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第二粒 ルキウスと狩猟祭
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【70】狩猟祭-後夜祭Ⅱ

 既に後夜祭は佳境だ。


 後夜祭では素晴らしい獲物を仕留めた者たちもそれぞれ祝福される。

 後夜祭で名を呼ばれた者も、そんな者にハンカチーフの主人と認められていた者も、多くの人の称賛を得る事が出来る。


 使用人たちによって館(どうやらルキウスがいたのは別館というものだったらしい)を移動させられたルキウスを待っていたのは、トビアスだった。


「お、来たな」


 ルキウスの顔を見たトビアスは、懐中時計をちらりと見る。


「悪くない時間帯だ」


 そう言って笑うトビアスは、普段ルキウスが見慣れている姿ではなかった。

 ルキウスは、騎士服や休日に着るようなラフな服装のトビアスしか知らない。

 しかし今のトビアスは上から下まで立派な紳士服に身を包んでいた。普段化粧っけのない顔も、女性のような派手なものではないが化粧されている。

 腰に佩いている剣も、普段のシンプルな鞘ではなく、彩られた美しい鞘に入っていた。

 何より、全体を見た時、服に着られているような雰囲気は一切なく、しっかりと着こなしていた。


 ルキウスは自分の恰好を振り返る。身なりはよくしてもらったが、それで平民さを隠す事は出来ない。


「どうした、ルキウス。早く行くぞ」

「……い、行かないと、駄目、ですか……」


 ぽつりと呟いたルキウスの言葉を聞いたトビアスはぱちぱちと目を瞬いて、それから笑顔を浮かべた。


「ああ。駄目だ。意識を取り戻す事がなかったのであれば、致し方なかったが……お前は今ハッキリと意識があり、立って歩いているからな」


 それを知っていたら、夜が開けるまで寝たふりをしていた。絶対に。間違いない。

 ルキウスはどうせ裏の作業しかしないだろうと思い、あまり狩猟祭について調べなかった過去の自分を心の中で殴り倒した。せめて様々な流れを把握していたら……後の祭りである。


「会場内の移動は、私の後ろをついてくればいい。俯かず、胸を張って歩くだけで印象は大分違う。どんな動きをすれば良いかは傍で私が指示を出すから、それに従ってくれ。あ、あと、会場内では見られるだろうが……その中で人と目が合う気がしても大体は気のせいだ。気にしなくていい。基本的に人の応対は私がするが、万が一にでも一人で誰かと会話をする事になったなら、困った顔をして黙っているように。特に女性には。もしどんな風に肉食ペリカンを倒したのかと聞かれたら、その話に関してはルイトポルト様に最初にお伝えする約束をしているので、と逃げるんだ。お前がルイトポルト様の従僕なのはもう知れ渡っているからな。主人に最初に伝える約束をしていると言われて、それを無視しろとまで言う者は滅多にいまい。何か聞きたい事があったらいつでも小さい声で言ってくれ。私には聞こえる。――よし。中の様子も丁度良さそうだ。行くぞ」


 そういってトビアスは入っていってしまう。ルキウスも腹をくくり、後を追いかけた。


 後夜祭の会場は極めて盛り上がっていた。


 貴族のみの完全な社交場ではないから大丈夫――な訳がない。狩猟祭には身分問わず参加出来るとはいえ、実際のところは貴族と貴族のごく身内ばかりなのが実情だ。狩猟祭の参加者がそのまま後夜祭の参加者になるのだから、この場にいるのは貴族ばかり。いくら着飾った所で場違いなのは変わりはない。


 そうはいっても逃げる事はもう出来ない。トビアスの助言を思い出し、自分に突き刺さる視線は全て見えていないフリをした。歩いていく途中、何度も目線が個別で合っている気がした。全ては気のせいだ。


 唯一、明らかに目が合ったと思う場面があった。オットマーとその妻と目が合った時だ。

 オットマーも普段の騎士服でも私服でもなく、華美ではないがしっかりとした正装に身を包んでいる。その横に佇む妻も綺麗に化粧をし、髪を決め、下ろしたてだろうイブニングドレスに身を包んでいた。

 ひらりとオットマーがこちらに手を振る。それには、つい反射的に小さく頭を下げた。


 ――必死に歩き続けてようやっと、ルキウスは後夜祭の中心にいた、ブラックオパール伯爵家の面々の元まで辿り着いたのだった。

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