【7】ルイトポルト・ブラックオパールⅣ
二人の旅は、そこまで長くもなかった。川辺を下る途中でルイトポルトの侍従の一人であるオットマーと出会ったからだ。馬に乗り川辺を走っていたオットマーは、ルイトポルトの姿に気が付くと馬を下りて小さな主へと駆け寄った。
「ルイトポルト様!」
「オットマー!」
ルイトポルトは駆けだして、侍従の腹に抱き着いた。ほんの少し離れていただけだというのに、とても寂しさを感じていた。
オットマーはルイトポルトを守るように抱きしめながら、帯刀していた剣を引き抜いた。磨かれた銀の切っ先が男へと向けられる。
「何者だ……!」
慌ててルイトポルトはオットマーから離れて、男を庇うように立った。
「待てオットマー! この者は私を町へ案内しただけだ!」
「町へ……? 誘拐する心算だったのか……!」
「だから違うっ! この者は私の命の恩人なのだ、傷つける事は許さぬ!」
ルイトポルトの主張にオットマーは警戒は持ちつつも、やっと剣をおろす。オットマーが間違っても男に切りかからないように注意しつつ、ルイトポルトは一人になった後の経緯を説明した。
「一人になった後、狼に襲われたのだ。その時に馬もどこかへ行ってしまい……その後、狼は私を狙い始めた。木の上に逃げたのだが、枝が折れて落ちてしまいそうになったのだ。その時、この男がたまたま狼を獲物として狩ってくれたから、私は助かったのだ!」
「そうでしたか。御無事で何よりでございます、ルイトポルト様。…………お前がルイトポルト様を助けた事は分かった。感謝しよう。だが、その容貌からして咎人だろう」
ビクリと男の体が震えた。
ルイトポルトと同じような事をオットマーも考えたらしい。普通の狩人ならばもっと身綺麗にしている違いないし、破れだらけの服を着ている事はないと思われるので、彼が犯罪者で逃亡者と考えるのは当然だった。
「ブラックオパール家に仕える騎士として、犯罪者を野放しにするわけにはいかん」
オットマーはそう言い、馬に括りつけられていた小さな鞄から、紐を出した。それで男を縛る心算だと気が付いたルイトポルトは慌ててオットマーに飛びつき、侍従を制止した。
「オットマー! 待ってくれ!」
「ルイトポルト様。咎人を野放しにしておいては、いつかどこかでまた悪事を働くやもしれないのです。ご理解ください」
「それはっ……それは、そうかも、しれないが……っ。だけどオットマー。この者は私にとても気遣ってくれたのだ。今回だけ、この場だけ見逃す事は出来ないのか?」
「お気持ちは理解致します。ですが騎士として、その願いは承服いたしかねます」
侍従の言葉が正しい。それは分かっている。だが、とルイトポルトが食い下がろうとした時、掠れた声が二人に耳に届いた。
「……ないっ。……罪など、おかして、ない!!」
強い否定と怒り。
男の心に染み込んだ怒りは、聞くだけで痛さを感じるようなものだった。ルイトポルトも、騎士であるオットマーも一瞬動けず呆気にとられた。
男が背を向け、走り出す。
「待て!」
一拍おいてオットマーがそう止めるが、立ち止まれば彼に捕まえられると分かっていて、大人しく立ち止まる者がいるはずもない。
そのまま男は森の中へと消えていった。