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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第二粒 ルキウスと狩猟祭
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【68】狩猟祭Ⅹ

キリが良いところがなくていつもより長くなってしまいました。

(終わり……?)


 とりあえず、事前にジゼルから求められていた事も、イザークに求められていた事も、トビアスやオットマーらに求められていた事も、これで果たせた、はずだ。たぶん。

 周囲は最高潮に盛り上がっており、そんな事言えそうにない状況であったが、ルキウスはいますぐベッドに倒れ込んでしまいたい気持ちでいた。


 そんなルキウスを見ていたメルツェーデスは「まあ」と言った。


「ルキウス。首元を切っているわ」


 言われて首元に手を当てると、ぬめりとした感触があった。正直川で洗ってもまだ肉食ペリカンの粘液がまとわりついている気がしていたので、その感触が血なのか粘液なのかは、視界にいれた手が赤く染まっているのを見るまで分からなかった。

 首の出血となると大怪我を想像出来るが、実際のところは小さな傷から時間をかけて血がにじんでいた形だった。


 とりあえずメルツェーデスに大丈夫であると伝えようとしたルキウスは――次の瞬間、メルツェーデスが自分のすぐ傍まで来ている事に毛を逆立て目を丸くした。


「血が出ているわ……」


 メルツェーデスはそう言いながら、ハンカチーフを――勿論綺麗な、清潔なものだ――ルキウスの首に当てる。

 肉食ペリカンに丸のみにされかけた後から殆ど鼻が効かない状態だったルキウスだが、すぐ傍まで迫ったメルツェーデスの姿に、かつて彼女がすぐ傍に寄ってきた時に香った匂いがする錯覚を感じ――バッと後ろに飛びのいた。

 後ろに飛びのいたといっても、すぐ後ろに肉食ペリカンが置かれたままなので、肉食ペリカンにぶつかって後退は終わったのだが。


「……! ……!? …………!!」


 ぱくぱくと、言葉を発せないまま目を白黒させているルキウスに対して、メルツェーデスは驚いた顔をするでもなく、ただただ心配そうな顔で言った。


「もう獲物を捧げるのは終わったのです。早く医師に診てもらった方が良いわ。トビアス。ルキウスを連れて行ってちょうだい」

「勿論です、メルツェーデス様」


 ――その時、穏やかな空気を壊すような声が跳び込んだ。


「イカサマだ!」


 その場の人間の全ての視線が、声の主に集中する。

 バルナバスだ。

 バルナバスは両手を握りしめながら、顔を赤くしてずんずんと進み出てきた。そして伯爵に向かって、再度声を張り上げた。


「伯爵! これほどの大きさのペリカンを、一人で狩り取る事が出来るはずはありません。しかも誇り高い騎士の身分でもない者が!」


 ある者は突然の主張に唖然とし、ある者はその主張を理解すると嫌悪を示した。

 だが誰にも口を挟ませず、バルナバスは御自慢の肺活量で自分の意見を主張し続ける。


「これはイカサマです。死していたものを見つけ、自分が殺したように偽装したのでしょう。或いは他人が仕留めた物を奪ったのでは――」


 ルキウスは自分に疑いの目がかけられているというのに、ぽかんとした顔のままバルナバスを見つめていた。それに気が付いたバルナバスは明らかに蔑んだ表情をし、更に言葉を続けようとして――。


「矢の羽根を見ておられないのか!」


 まだ高い、少年の声が響き渡った。


 伯爵家の天幕の中から、ルイトポルトが進み出る。

 ルイトポルトは己より遥かに体が大きいバルナバスに近づきながら、もう一度言った。


「バルナバス・ファイアオパール卿。貴殿は、あの巨大な肉食ペリカンに刺さる無数の矢が、全て後付けでつけられたものだと、そう仰るのか。ブラックオパールの矢が、偽装に使われたと。そう仰るのか!」


 ――肉食ペリカンの体に刺さる、無数の矢。それらの羽根は全て、ブラックオパール伯爵家を示す、黒に様々な色が混じった手の込んだものだ。

 間違いなく、ブラックオパール伯爵家の矢である。


「そもそも戦いを目撃した訳でもないだろう貴殿が、何の根拠があってルキウスがイカサマをしたと言い切る事が出来るのか」

「ただの召使いに、それほどの力があるはずがありません! それほどの技量があるのであれば、雑用係に収まっているはずがないのですから……!」


 バルナバスの言い分には確かに一理ある。周囲ではその言葉に納得する者も出始めた。


「確かに、バルナバス様の言う通りだわ」

「騎士でもない人が本当に、あの魔物を仕留めたのかしら」


 そうした反応を示す人がいる一方で、一部の人々は彼の考えに反感を抱く。


 使用人たちは何かあった時、主人を守る最後の盾である。

 簡単な護身術などは大半の者が学んでいる。従僕という身分だから戦えないと言い切ってしまうのは悪手だった。


「あの方の従僕は簡単な雑務しか出来ないのかしら?」


 などと囁く者も現れる。


 また、今回この場に居合わせているのは主人として人を使う身分の者だけではない。その世話係として、多数の家の使用人が男女問わず来ており、中には従僕という立場の者も多かった。

 確かに従僕は召使とほぼ同義であり、肉体労働になる事が多い。そのため下位貴族の従僕ではあまり学のない平民出身者が多いのは事実であるが、高位貴族の従僕だとどこかの貴族の三男坊以降という事の方が多いのだ。

 そうした者達からすれば、従僕という立場を雑用係などと括って発言される事は、プライドを傷つけられるような行為であった。


「あのような者に仕えている従僕は不幸だな」

「私の主人があのような考えでなくて良かった」


 そんな風に、周囲には様々な立場の者の、様々な意見が入り乱れ始めている。


 そんな中でもルイトポルトは真っすぐにバルナバスを見据えながら、彼の言葉に反論した。


「ルキウスに弓を仕込んでいるのは、我が家の第二弓兵隊隊長のイザークだ。また、私も度々鷹狩りなどに彼を連れていくが、彼はいつだって誰より上手く弓を射る。この事はブラックオパール伯爵家の者であれば、殆どの者が知っている」

「補足させて頂きますと」


 バルナバスとルイトポルトの応酬に口をはさんだのは、トビアスだ。バルナバスはギッと怒りを載せてトビアスを睨みつけた。


「一介の騎士が口をはさむな!」

「彼は私の騎士だ。貴殿に命令する権利はない。トビアス、私が許す」


 ルイトポルトに促され、トビアスは騎士として礼をした。


「ありがとうございます。――改めて名乗らせていただきますが」


 と、トビアスは周囲の人間を見渡してから名乗った。


「私はトビアス・ブラックオパール。ルイトポルト様の護衛という役目を賜っている、伯爵家に仕える騎士でございます。ルキウスは確かに従僕という立場ではありますが、ルイトポルト様の傍によくいる事から、騎士ほどでないにせよ戦える必要があると愚考し、私や我が同僚たちの手によって、定期的な剣の訓練を行っております。それと平行し、先ほどルイトポルト様が仰りましたように、第二弓兵隊隊長イザーク・ブラックオパールから直々に、日々弓の稽古をつけられております故……彼がこの肉食ペリカンを一人で仕留めたというのは、全く不思議に感じません」

「ありがとうトビアス。……トビアスが説明してくれた通り、私はルキウスが己の手でこの肉食ペリカンを見事仕留め連れてきた事を信じる。貴殿がこの事が仕組まれた事であるとか、騎士の風上にも置けぬような方法で他者から奪い取ったと思うのであれば、まずはその獲物を奪われた被害者を連れてきてくれなければ、話にならぬ。何の根拠もなく、私の従僕を貶めるな!」


 ルイトポルトの喝に、バルナバスが口ごもる。ルイトポルトの言う通り、根拠もなく他家の使用人を貶めるなど、許される事ではない。


 ルキウスは首元を手で抑えながら、突如始まった貴族同士の戦いを呆然と見ていた。


 パンパン、と二度、手を叩く音が響いた。


 ルイトポルトとバルナバスは揃って、音を出した主――ブラックオパール伯爵を見る。


「バルナバス・ファイアオパール卿。下がると良い。貴殿の主張を裏付ける証拠が揃った時は、ファイアオパール伯爵と共に……また改めて、我が伯爵家を訪れてくれたまえ。」

「ッ、承知、いたしました…………」


 バルナバスは悔しそうにしながらも、引き下がった。


 ルキウスはぼうっと彼が去る背中を見つめていたが、横から伸びてきたトビアスの腕がルキウスの肩に回り、ぐいっと引き寄せられる。


「さあ医師に診てもらおう!」


 そう数歩引き摺られた所で――ルキウスの意識は今度こそ限界を迎え、ぷつりと糸が切れたように目の前が真っ暗になった。

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[良い点] で、出たァぁぁぁーーー! バルナバス君の三下ムーブだぁーーー!!!(歓喜) こういう嫌なキャラっているだけで場面がピリッとしていいですよね。 正式デビュー前のルイポルト少年に諫められる所ま…
[一言] やっぱり、要らん虫が湧いて出た テメーのした事の方が不正に近いだろうになぁ…
[一言] むしろバルナバスのペリカンを検分したらいい。何処の矢尻が見付かるかなw いくら地位があってもこんな奴に嫁ぎたくないよね。 これでご両親のお墓造れるかな?
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