【64】狩猟祭Ⅵ
狩猟祭において、仕留めた獲物を人々は集計所に持ってくる。集計所では大きさ重さなど様々な観点から仕留めた獲物を纏めて書面で記録がつけられる。この際、集計所の横にある鐘が鳴らされる。
獲物の凄さ――ハッキリとした基準がある訳ではなく、集計所の人々の主観だが――によって、鐘の音の大きさや鳴る時間が変わるのだ。この鐘の音によって、天幕で参加者たちを待つ人々は誰かしらが帰ってきた事を知る事が出来るし、大きな音が響いたり長く鐘が鳴らされると、どんな凄い獲物が仕留められてきたのかと心を躍らせる。
集計所からほど近い所で、獲物が集められている。
参加者たちは森から戻ってきて、集計所でどんな獲物を仕留めたかを確認された後、ハンカチーフを返すために主人の元に帰る。そしてその相手に獲物を捧げるのだ。
勿論その場で渡すわけにはいかない。一人二人にしかハンカチーフを渡していない人ならばともかく、無数の人間にハンカチーフを渡す事になった人々――今回であればルイトポルトや、主催者であるブラックオパール伯爵夫妻――の元には獲物が山のように積まれてしまう。
そのため、主人に捧げられた獲物はその後、ハンカチーフを再び括りつけ、一まとめにされる。この場所ではついでに伯爵家の使用人によって最低限の処理がされるというおまけまでついてくる。
ある種の展示会のようになっており、多数の動物が並ぶのは壮観さがある。なので見に来る人も多く、賑わっている。――ただし獲物に関しては主人と仕留めた者以外触れる事が禁じられるため、近づく事は出来ないが。
その集計所の近くで、トビアスとオットマーは再会していた。
「ようトビアス。早かったな」
「ああ! 実はよい所で岩肌イノシシにあってな!」
あれだ、とトビアスが指さす先には丸々太った岩肌イノシシが転がっている。
「立派なものじゃないか」
「あはは。オットマーは?」
「俺はあれだ」
くいっと顎で指さした先には、極めて立派な角を生やした石角シカがいた。
「やたら立派な角のシカがいると思ったら、オットマーだったのか!」
「ああ。ルイトポルト様に後で頼んで、あの角は少しいただくつもりなんだ。それで何か作って、妻にやろうと思って」
「素晴らしいじゃないか。ルイトポルト様なら、角を丸々下さるかもしれないな」
「そこまでされると申し訳ないがな」
お互いの健闘をある程度称えた所で、二人は揃って「で」と声を出した。
「ルキウスは?」
「イノシシに追われているうちに逸れた」
「おい。お前が面倒を見るんじゃなかったのか」
「そのつもりだったんだ。だけど仕方がないだろう、イノシシの群れに追われたんだ、自分の安全確保が最優先だった。ルキウスもそのように動いていたし。気が付いた時には完全に逸れていて、近くにルキウスの呼吸音もなかった」
トビアスが聞き取れないレベルで遠くに行ってしまっていたとなると、合流するために探すのは極めて困難である。
「まあ、ルキウスはイザークに仕込まれているし、我々もあれだけ鍛えたんだ。一人でも問題ないだろうと思って……」
「……で、まだ帰ってきていないと?」
「……ああ……」
二人は空を見る。空はもう半分以上、茜色に染まっていた。
「予想外だ。まさか戻ってこないとは。ルキウスの腕なら余程の不運がない限りそれなりの獲物を捕らえて帰ってくると思っていたんだが」
「はあ……ジゼル殿に発破をかけられたと小耳にはさんだぞ。あれは真面目だろう。気にして、バルナバス・ファイアオパール卿よりも凄い獲物を探し回っているんじゃなかろうな」
「有り得る。……そのバルナバス・ファイアオパール卿だが、聞いたか?」
トビアスの言葉にオットマーは溜息を吐いた。
「聞いた。メルツェーデス様に求婚したのだろう?」
二人の顔には嫌悪感が浮かんでいた。
「伯爵様は受け入れると思うか?」
「有り得ないだろう。確かに家同士の政略としては、利がないこともない。――が、メルツェーデス様のご事情がご事情だ。嫁がせれば、苦労されるのが分かり切っている。……と、言いたい所だが……お前の事だ、この会場に広まってる噂はもう聞こえてるだろう」
「ああ。気色の悪いラブストーリーだろう」
バルナバスがメルツェーデスに昔から恋をしていて、難しい立場にある彼女を救い出そうとしている――みたいな話だ。
それに好意的な者、嫌悪感を示す者、様々であるが……少なからず信じる者はいるだろう。バルナバスが仕留めた獲物を持って、メルツェーデスに求婚まがいの事をしたのは事実のようだから。
ここで表だって伯爵が止めれば、伯爵を想い合う男女を邪魔する者とするような見方が出てもおかしくない。特に、若い男女はそういう話をやたらと好む。
面倒な所は、この噂話を嘘と否定する事は出来ない事だ。
噂ではあくまでもバルナバスがメルツェーデスに片思いをしているという体なのである。これが両想いであるという体ならば、メルツェーデスの側から「そのような気持ちはない」とハッキリ否定出来ただろうが、あくまでも片思いならば、止める権利は誰にもない。
「令嬢人気のある男を振ると、途端に女が悪者にされるそうだ。見事にバルナバス卿とメルツェーデス様に当てはまって、頭が痛いな」
トビアスの言葉に、オットマーは何とも言えない顔をした。
「……その知識はどこから出て来たんだ?」
「母」
「叔母さんは息子に何を伝えてるんだ……」
呆れたようにオットマーが首を振った、その時だった。
「おい、なんだあれ!!」