【62】巨大肉食ペリカンⅢ
(死ぬ――)
そう確信して……ルキウスはそれでも、抗った。
手に持っているのは弓だけ。
だからルキウスは己から肉食ペリカンの口の奥に跳び込んで、その手に持っていた弓を、出来うる限りの力を込めて、口の奥へと差し込んだ。
噴出した血が、口内にあふれ出す。
肉食ペリカンは嘴の中にルキウスを入れたまま、痛みを消そうとして、何度も何度も口を振った。歯が度々、ガチガチとなる音が反響している。
かみちぎられたらたまらないため、出来る限り体を丸くし小さくしながら、ルキウスは弓を引き抜いた。上手く抜けず、弓のすぐ傍を抑えつけるように手を出したが、ハッキリいって二度と思い出したくもないような感触であった。
肉食ペリカンは無理矢理ルキウスを飲み込もうと、上を向いたらしい。重さでルキウスの体が喉の奥へと落ちていきかける。
丸のみにされて溜まるかと、ルキウスは先ほど刺したのとは別のところを、勢いよく刺した。
弓に足を置き、両足で出来うる限り喉の入口なのか口の奥なのか、よく分からない部分を広げようとする。
内側から押される感覚は酷く気持ち悪かった事だろう。
肉食ペリカンが大きく動く度、内側にいるルキウスも振り回されているようであった。だが、彼はそれでも、まともに耳も目も鼻も機能しないような状況下でも、両足で踏ん張り、何度も何度も弓を引き抜いて、その一番尖った所で肉食ペリカンを内側から攻撃した。
――先に我慢比べで白旗を掲げたのは、肉食ペリカンであった。
肉食ペリカンは口の中のものを吐き出すべく、胃袋の中身事、ルキウスを外へとはじき出した。極めて臭い胃液に濡れた様々な肉の破片などに包まれたルキウスはそのまま宙を飛び――ばしゃんと、水の中に落ちた。
なんだか数年前の記憶が呼び起されたが、あの時と違いルキウスが落下したのは、かなり浅く、流れも穏やかな川だった。
ルキウスは水面の上に顔を出し、それから、体中にこびりついた唾液やら胃液やらその他粘液やらを落とそうと、川の水で滅茶苦茶に顔を洗った。とてもではないが、目を開く事すら出来ない状態だったからだ。
なんとか目を開けれそうな状態にまで体にまとわりつくものを洗い流して上を見たルキウスは、肉食ペリカンが大きく口を開けて再びこちらに近づいてくる事に気が付いた。
吐き出された時に弓はどこかにいき、最早ルキウスには武器がない。
咄嗟に川の中にもぐり、ペリカンから距離をおくために潜った。
――ばしゃん! と、大きな音をたてて、肉食ペリカンは川に顔を突っ込む。
なんとか肉食ペリカンから更に距離を取ろうと考えたルキウスは肉食ペリカンの動きを確認するべく再び水面に顔を出し、違和感に気が付いた。
「…………?」
肉食ペリカンはまるで顔から川に突っ込むような状態になっていたのだが……ぴくりとも、動かなかった。
どうやらついに倒したらしいという事にルキウスが気が付くのは、かなり時間が経ってからの事であった。




