【61】巨大肉食ペリカンⅡ
まだ太陽は森を照らしている。だというのにその瞬間、ルキウスの周囲はまるで夜のように暗くなった。
「――ぁ」
上を見上げた時、彼は気が付いた。己の後ろにいた肉食ペリカンが、飛び上がり、一瞬で己の頭上を跳んでいる、という事に。
慌てて方向転換をしようとしたが、肉食ペリカンが着地して、その勢いのままにその巨大な嘴を凪ぎ払う方が早かった。
「っ!!!」
咄嗟に腕を構えなければ、嘴に腹を叩かれて腹部が破裂し死んでいただろう。
それぐらいの勢いでルキウスは弾き飛ばされた。
一つ幸運だったのは、弾き飛ばされた先で木にあたる事はなく、そのままかなりの距離まで飛ばされた事だ。木にぶつかっていれば、そちらも当たり所によっては即死だった。
また、転がる最中に森の中に存在する無数の枝などが体に刺さらなかったのも、幸運であった。
ただし不運もあった。手に持っていた弓は手放さず、また弾き飛ばされ森の中を転がる時も体で守っていたこともあり壊れていなかったが、背中に背負っていた矢筒は一回目の地面との接触で壊れ、中に入っていた矢は散り散りになっていた。
「っは、はっ、はっ……うっ!」
腕が痛い。背中が痛い。体中が痛い。
「ウ、グ!」
それに加えて、もうとっくに無くなった目までもが、釣られたように痛みを発しだした。
だがそれに構っている時間はない。肉食ペリカンはルキウスをかなり遠くまで弾き飛ばしていたが、しっかりと彼の姿を捕らえたままでおり、今もこちらに向かって走ってきている。
ルキウスは必死に首を振り、矢を探した。
少し離れた所に、矢が落ちている。
それを拾い上げ、立ち上がったルキウスは矢を構えた。立ち上がる時に、足にも痛みを感じた。動けはするが、先ほどまでのような速度では走れまい。
息を吸う。
呼吸を整え、何を射るのか。どこを射るのかを見定める。
走る時、肉食ペリカンの頭は上下していた。最も頭が高い位置にあり、固い嘴に矢が邪魔されない瞬間を狙う。
「……!」
ルキウスが放った矢が、肉食ペリカンの喉に刺さった。矢の長さの問題もあり貫くなどには至っていないが、確かに喉には命中した。
「ギャ、アアッ!」
その一矢で肉食ペリカンの動きが鈍くなるか逃げ出してくれれば……と思ったのだが、残念ながらそうはならなかった。肉食ペリカンは怒りをよりたぎらせて、速度を上げてルキウスに向かって突進してくる。
出来うる限り引き付け――ギリギリの所で、ルキウスは横に飛びのいた。
地面を回転しながら転がるルキウスの頭部のすぐ横を、肉食ペリカンの足が踏み抜いていった。
体が大きい事もあり、即座に止まれなかった肉食ペリカンはそのまま少し進んだ。
その隙に、ルキウスは痛むからだに鞭を打ち、なんとか矢を数本見つけ出した。
一本見つける度に振り返り、肉食ペリカンに撃つ。全ての矢は命中していたが、致命傷には至らない程度のダメージしか与えられていないようであった。
もう考えている余裕はルキウスにもない。
ともかく矢を拾い、致命傷を与えるべく撃つしかなかった。
態勢を立て直した肉食ペリカンが、再び突進してくる。その顔が片側に傾き、顔の側面が先ほどよりはっきりと見えた。
ルキウスはギリギリで拾い上げた矢を番えた瞬間放った。
まともに狙う時間も無かったが、イザークの元で早打ちの練習もしっかりと仕込まれており、その効果が出た。ルキウスが放った矢は、肉食ペリカンの目にしっかりと刺さった。
「ッギャアアアア!」
肉食ペリカンの、痛みによる絶叫が響く。
思考力が僅かに戻り、これで逃げれるかと思った瞬間、ルキウスの体から力が抜けた。
肉食ペリカンはその隙をついたかのように、目の前に跳び込んだ。上に跳ぶのではなく、前に勢いづけて、その立派な両足から繰り出される蹴りによって、突進してきたのだ。
油断していたルキウスは思い切り、弾き飛ばされた。
嘴があたっていたら、確実に死んでいた。片目を失った事で方向感覚に少し異変が出たらしい肉食ペリカンが僅かにそれて突進してきて、ペリカンの羽毛のようなものに包まれた肩のような部分にあたった事で、衝撃がほんのわずかに和らいでいた。
地面に転がったルキウスが慌てて起き上がろうとした瞬間、肉食ペリカンはその嘴を大きく開けた。
憎々しい赤い口内と、いくつもの命を容易く奪ってきたのだろうまだ新しい血のこびりついた歯が、ルキウスの体を完全に覆った。




