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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第一粒 妻が貴族の愛人になってしまった男
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【6】ルイトポルト・ブラックオパールⅢ

「あっ……あ……」


 言葉を失うルイトポルトに対して、男(と思われる)も暫く動かなかった。


 少ししてから、先に我に返ったのは、男の方だった。

 男はその場で蹲ったのだ。いや違う。平伏だと気が付いたのは、地面に額を擦り付けながら、男が「もうしわけございません」と掠れた声で繰り返し呟いていたからだ。


「もうしわけございません。もうしわけございません。もうしわけございません……」


 喉がつぶれているのか、最初はよく聞き取れなかった。何度も繰り返すからやっとルイトポルトも理解できたのだ。


 自分より体格の良い男が、ルイトポルトに許しを乞うている。何故こんな事になったのかルイトポルトにも分からなかった。


「お、おい。……おい」


 ルイトポルトが数度呼びかけると、男は態勢は変えないまま、やはり聞き取りづらい掠れた声で「なんでしょうか」と答えた。


「お主はこの森の狩人か?」

「いいえ」


 どうやらこの森を縄張りとして活動する者ではなかったらしい。まあ、この、見るからに町では暮らせ無さそうな恰好を見れば察しはついていた。

 そうなると、先ほどの謝罪は森に入った事かもしれない。以前、狩人たちには暗黙の決まり事がいくつもあると聞いた事がある。その中の一つに、この町の人間はこのあたりで狩りをする、なんてものがあるとも聞いた。嘘か真か不明だが、あの話が真実ならば、勝手に森に入り込んだ事を謝罪していたのかもしれない。

 何にせよ、今のルイトポルトはその事を深く追求しなかった。


「そうか。この森には詳しいか?」


 次の質問の意図を男は理解出来なかったらしく、暫く黙り込んでいた。ルイトポルトは重ねて、問いかける。


「この森を出て、町へ()きたい。どちらへ()けば良いか分かるか?」


 男は地面に額を付けたまま、頭を縦に動かした。分かるらしい。


「そうか。それは何よりだ。すまないが、私を森の外まで連れて行って欲しい。そうしてくれれば何も咎めない。ブラックオパールの名に誓って」


 ぶるりと男は大きな体を震わせた後、了承した。



 男は殆ど喋らず、歩いていく。ルイトポルトにはどこを見ても同じ森にしか見えないが、男はこの森をしっかりと把握しているらしかった。


 ルイトポルトの前を歩く男は、本来人が歩くところではない道を進んでいく。

 男の身の上は分からない。こんな森の中で、こんな酷い恰好で暮らしているのだ。もしかすれば犯罪を犯して逃げ込んだ人間かもしれない。

 知識や理性ではこの男は危険なのではないかという感情がある。


 だけどルイトポルトは……見た目こそ怖いが、男は優しい人間だと感じていた。

 だって男は、ルイトポルトを意識して、気を遣ってくれている。


 歩く時、わざわざ草木を踏みしめていく。おかげで後に続くルイトポルトが歩きにくさで困る事はあまりなかった。それに加えて、歩幅の違うルイトポルトを置いていかぬように、ある程度距離が開くと何も言わずに立ち止まり、ルイトポルトが追いつくのを待ってくれる。


 だからこの男は優しい人間だ。悪い人間かもしれないが、優しい人間だ。


 そんな事を思っているうちに、二人は川辺に出た。森の中に川が流れているのは知っていた。以前遠出した時も、侍従たちと休憩するために立ち寄ったからだ。

 男が、川下を指さす。


「下れば、町、に」


 下っていくと町に行くと言う事らしい。それだけ説明してもしや立ち去るのではと思ったが、ただルイトポルトに説明してくれただけのようだ。先ほどと同じように、川辺を先導するがごとく歩いていく。それにホッとしてルイトポルトはついて行った。


「なあ」


 ルイトポルトが声をかけると、ほんのわずかに振り向いた。


「その壺はなんだ?」


 男の後ろを歩いていて気が付いたが、伸び放題になっている髪先がかかるあたり、背中の上の方に壺がついていた。正確には男の体に括りつけるように紐で固定されていたが、ルイトポルトの視界からだと、高い位置に壺が突然現れたような形になっていた。時折からりころりと音がするので、何かが入っているのは確実だ。

 男は答えなかった。

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