【58】メルツェーデス・ブラックオパールⅢ
※事故卑下ではありますが、不妊女性等に対して酷い物言いが出てきます。
※現代日本とは異なる女性の価値観について語っています。ご了承ください。
「ああ……どうしたら……」
メルツェーデスは伯爵家の天幕の下、仕切りを作った向こう側で苦悩していた。
「あれほど大々的にされてしまったら……受け入れるしかないわ……」
「メルツェーデス様! 諦めないでくださいませ! 伯爵様にお話いたしましょう!」
必死にジゼルが励ますが、メルツェーデスは机に突っ伏したままだ。
(何を言うというの? わたくしは……お兄様の決定に非を唱えられる立場ではないわ)
兄とも兄嫁ともメルツェーデスは良好な関係を築いている。――だがそれが本当に、心の底から本心で築かれたものかはわからない。
兄嫁はメルツェーデスが思うに、貴族の令夫人らしい人だ。敵でもない限り、内心で思う事があっても己のうちに留めている。
兄とて……兄こそ、メルツェーデスを邪魔だと思っているに違いない人だ。実際、先ほどバルナバスの求婚を、彼は即座に拒絶はしなかった。
落ち込んでいるメルツェーデスを他の侍女たちは必死に励ましていたが、それを聞いていたゼラフィーネがぽつりと言った。
「メルツェーデス様。メルツェーデス様はあの方の何が嫌なのです?」
「ゼラ?」
「に、睨まないでジゼル。ただ疑問だっただけなのです、バルナバス卿は未婚女性からも人気の高い方です。どうしてあの方からの求婚を、それだけ拒否するのか……不思議で……」
ジゼルの視線がどんどん剣呑になっていき、ゼラフィーネの言葉はどんどん細くなっていった。だがしっかりと、全てがメルツェーデスに聞こえていた。
「……ゼラフィーネは、わたくしが戻ってきてから我が家で働き始めたわね」
「は、はい」
メルツェーデスの質問にゼラフィーネが頷く。
「確かにあの方は、女性から人気があるのでしょうね。――けれど、あの方と結婚するという事は、果たさなくてはならない義務があるという事よ」
メルツェーデスはそう言いながら、己の腹を撫でた。
「わたくしのような欠陥品は、その最低限の義務すら果たせないのよ」
彼は引き継ぐ物を持つ貴族の嫡男だ。
口だけだとしても、子が要らぬなどとは言えぬだろう。
メルツェーデスの周りにいた侍女たちは何も言えなかった。
彼らは皆女で、貴族家の子女として育てられてきた。
結婚し、子を残す事の重要性を知っている。ある者は実際に、子が出来ぬ事を責められる親しい親族を見た事があった。
たいていの女は、将来に夢を見る。
少しでも良い男と結婚し、子供を産み育てる。世間一般で女の幸せと言われている夢を。
時にはそれから外れた形で幸せを実現する女性もいるし、子供がおらずとも夫婦仲が良好で幸せな者もいるだろう。
だがやはり、多くの貴族女性は子を産み育てたいと考える……。
――メルツェーデスは、それが出来ない。
「あの方はそれを知っているはずだわ。なのにどうして、わたくしを求めるの……? わたくしは……わたくしには無理だわ。もう一度、あの時のように責められ続けるなんて……!」
どれだけバルナバスがメルツェーデスを求めて、愛していたとしても……周りが納得するとは限らない。実際、先ほどの周囲の反応も「信じられない」「何故」というものであった。
それぐらい、メルツェーデスを正妻にしようとするというのは貴族として有り得ない判断という事だ。
微かな泣き声を漏らすメルツェーデスの周りに人払いをさせて、ジゼルはそっと己の主人の背中を撫でながら、彼女に寄り添い続けていた。




