【57】バルナバス・ファイアオパール
噂になっている巨大肉食ペリカンを仕留めた時、バルナバスはついにやったと思った。
メルツェーデスは散々己の求婚から逃げ回っていたが、ついに捕まえる事が出来る。
この森に生息する動物はバルナバスも把握している。大型な生き物は他にもいるが、通常個体より大きい個体というのは、それだけでインパクトがある。更に実際に見た巨大肉食ペリカンは、バルナバスの想像以上に立派であった。
よく発達した四肢から、この個体は長く強者として森にいた事が分かる。
更に現在、巨大肉食ペリカンの話はどこから広まったか、狩猟祭の参加者の間では知れ渡っている。話題性という意味でも完璧だ。
この獲物をメルツェーデスに差し出せば彼女も諦めて求婚を受け入れると思ったのだが――まさか黙り込むという、あまりに幼すぎる方法で抵抗されるとは思わなかった。
早く答えろと、バルナバスはメルツェーデスの顔を見上げる。
「メルツェーデス嬢――美しき君――」
更に言い募ろうとしたバルナバスに声をかけたのは、メルツェーデスではなかった。
「卿。我が妹の美しさに惚れ込むのは構わんが――まだ狩猟祭は終わっていない。貴殿が仕留めた獲物が最も素晴らしいものとは、まだ決まっておらんぞ」
横から飛んできた伯爵の言葉に、バルナバスはほんの少し硬直した。まさかそこに口を挟まれるとは思っていなかったのだ。
そこで彼は気が付いた。
伯爵も伯爵夫人も笑顔だが、その表情には微かな威圧があった。
そして着替えて戻ってきたばかりの祭の主役ルイトポルトは、メルツェーデスの様子から彼女の気持ちを察し、バルナバスを睨みつけていた。
分が悪い。
基本的に貴族女性の結婚は、その家の当主に最終決定権がある。
この場合、メルツェーデスの結婚に関する最終決定権を持つのは、当然だが彼女の兄である伯爵だ。
少なくとも伯爵はこの場で、すぐにメルツェーデスとバルナバスの結婚を認めるような事を言い出すつもりはないらしい。
「大変失礼いたしました。ではまた、のちほど」
バルナバスはメルツェーデスにそう声をかけて、その場を去った。
(予想外だな。てっきり邪魔な妹を疎んでいると思ったが)
出戻り――しかも子供が出来ずの出戻りなんて、家にとっては不名誉も良い所だ。だからといって簡単に放り出せば「あの家は薄情だ」と言われかねないので明らかな冷遇はしていないとは思っていた。
何せブラックオパール伯爵家は、三オパール伯爵家の中で、長らく穏健派だと言われ続けた家だ。
内心はさておいて、表向きメルツェーデスは嫁ぐ前と変わらず過ごしているだろう。
しかしその優しさも表向きだけの話と考えていたのだが……,
(厄介払い出来るとなれば、喜ぶのが普通だろう!)
誰かに見られていなければ、バルナバスは舌打ちをしていただろう。それぐらい、苛立っていた。
(それにしても、嫡男のルイトポルト殿からもあのような視線を貰うとは……乳も出ないくせに、乳母気取りでもしていたのか……? まあいい。全体での優勝は不可能だったとしても、メルツェーデスのハンカチーフを受け取った人間は数が少ない。私以上に素晴らしい獲物を仕留める者がいるはずがない。――狩猟祭が終わるまでの間に、さっさと私の求婚を受け入れる覚悟を決めておく事だ)




