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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第二粒 ルキウスと狩猟祭

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【55】狩猟祭Ⅳ

「やられたな。我々の警戒不足だった」

「ああ。仕方ない。新しい獲物を探そう」


 バルナバスがいなくなった後、トビアスとオットマーはあっさりとそう言った。


 先ほどまでの剣呑な雰囲気はもうない。


 ぽかんとしているルキウスに、振り返ったトビアスはいつも通りのカラリとした笑顔を向ける。


「どうしたルキウス。――ああ、急に高圧的な人に出会って驚いたか?」

「貴族は立場が高いほどに、誇り高いほどに、傲慢にもなるものだ。あのぐらいの態度で驚いていたら大変だぞ」

「ぁ……う……」


 それはそこまで気にならなかった。

 反応が鈍いルキウスを見て、トビアスは腰に手を当てながら言った。


「それとも……我々が獲物の所有権について争わなかった事に驚いているのか?」

「……」

「当たりか! あはは、ルキウスも思ったより男だな。……だがあの御仁が行った事は、正論だ。狩猟祭では、最終的に仕留めた人物が、獲物の所有権を得る。我々が最初に見つけ、怪我をさせたとしても……最終的に仕留めたのは、彼らなのだから、我々はもう何も言えないんだ」

「とはいえ、常識的に考えて……他人が明らかに狙っている獲物を横取りするような手法は褒められたものではないがな。まあ、確実に彼らが矢を放って我々の邪魔をしたのだろう。弓の羽根の色からしてもな」

「……その事は、責められない、のですか?」

「難しい。我々の目撃情報以外に、彼らに邪魔をされたという証拠がないからな」

「さっきの、矢を探しに……」

「もしそうするなら、先にするべきだっただろうな。ファイアオパール一族からの参加者は、何もあの場にいた者達だけではない。恐らく、既に弓矢は回収されているだろう」

「そうでなくとも……この森の中から、戻って弓矢一本見つけるというのは簡単ではない。…………獲物の追跡を優先した時点で、我々は襲われた事を主張する事は出来なくなってしまったという事だ。――そういう訳だから、もうあの肉食ペリカンの事は忘れて、次の獲物を狙うぞ!」


 押し寄せる情報を整理するので、ルキウスはいっぱいいっぱいだった。そう簡単に切り替えられない。


「とりあえず、ここからは別行動と行こう」

「構わないが、私の聴力を使わなくて大丈夫か?」

「舐めるな。問題ない。……ルキウス、また後で」

「は、はい」


 オットマーはトビアスとルキウスに手を振って、森の中を駆けて行った。

 あっという間に姿が見えなくなる。


「よし。行くぞルキウス。ここから――東の方から、石角シカの鳴き声が聞こえている。どうやら……子が母を呼んでいるようだ。行こう」

「分かり、ました」


 歩き出したトビアスの後ろをついていくルキウスは、ちらりと振り返った。仕留められた肉食ペリカンが流していた血の跡が、大地の上に残っていた。

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