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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第二粒 ルキウスと狩猟祭
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【51】狩猟祭に向けてⅧ

 トビアスらに連れられて、ブラックオパールの騎士たちがいる所にルキウスは赴いた。第一弓兵隊の面々に予備の弓を貸して欲しいとトビアスらが説明すると、彼らは快く弓を貸してくれた。


「あれだろう。第二弓兵隊隊長(イザーク)の無茶振りだろう? お前も大変だが、イザークの弟子みたいなものだからな、仕方ない。ブラックオパールの名を汚さないようにするんだな」


 軽く笑いながら言われ、慰められたらしいとルキウスは察した。


 とりあえず、参加する心算の無かったルキウスは、防具を含め何も用意がない。それを気付いた弓兵隊の騎士たちは最もサイズの合う防具まで貸してくれた。専用の物ではないので、微妙に嵌らない出来だが、ないよりは遥かにマシだ。


「…………はぁ……」


 何も始まっていないと言うのに溜息をつくしかない。


「ルキウス!」

「……ジゼル、様」


 駆け寄ってきたジゼルは、ルキウスの両肩を掴んで、鼻息荒くこう告げた。


「貴方、誰よりも――少なくとも、他のメルツェーデス様のハンカチーフを持つ誰よりも、立派な獲物を仕留めて来なさいっ!」

「???」


 訳が分からない。また、ハンカチーフだ。


「あの」

「何?」

「ハンカチーフ、が、関係ある、んですか?」


 そうルキウスがいうとジゼルは目を丸くした。


「まあ。貴方ハンカチーフの意図を知らないでいたの!? ルイトポルト様の所でも侍女たちがハンカチーフの準備に忙しなかったでしょうに!」

「も、申し訳ありません……」

「あらごめんなさい。責めたい訳ではないわ。でもそうね、確かに平民には縁遠い慣習かもしれないわ。――そのハンカチーフは、貴方が誰に忠誠を誓っているかを示すようなものよ」


 忠誠、となると、ルキウスがメルツェーデスのハンカチーフを持っているのは駄目なのではないか。そう思ったが、すぐジゼルから「ちなみに本当の忠誠というより、この狩猟祭において……という意味合いだから、ルイトポルト様付き従僕の貴方がメルツェーデスのハンカチーフを持っていても大して問題はないわ」と補足が入り、ホッと安堵の息を吐く。


「狩猟祭に参加する者は、仕留めた獲物を神と精霊に捧げるのは当然として――そのあと、己が忠誠を誓う主人に捧げるの。それを受けて主人は、獲物を受け取り、おのれの騎士の武勇を称える……古くからの慣習ね。一般的に主家の当主や令夫人、或いは己の身近な女性からハンカチーフを貰い、仕留めた獲物で最も立派な物に、ハンカチーフを結びつけるの。これによってどの獲物がどこの誰が仕留めた獲物かが分かるという訳よ」


 何故分かるのだろうかと思えば、ジゼル曰く、ハンカチーフは色の染め方から刺繍まで、各家各個人で異なるためらしい。


「このハンカチーフは表向きは主人が手ずから針を刺した刺繍が施されている――という事にはなっているわ。建前上ね。実際のところ、貴族の夫人たちが……特に人気を集めるだろう人物が、全てのハンカチーフに刺繍を入れる事は無理だから、侍女たちが縫っているのだけれど」


 どうやらルイトポルトの侍女たちが必死に刺繍をしていたのは、今回の主役であるルイトポルトの元にハンカチーフを求める参加者が殺到するという予想がついていたかららしい。確かにどこで使うのだと疑問に思う程、大量のハンカチーフが用意されていた。ルキウスが運んだ荷物も三箱ぐらいはハンカチーフが詰められただけの箱だった。


「己のハンカチーフを持つ者が全体での優勝をすれば、それはハンカチーフの主人の名誉にもなるわね」

「……?」

「……例えば貴方が全体での優勝者になれば、それは貴方の名誉であると同時に、狩猟祭での貴方の女主人であるメルツェーデス様の名誉にもなるの。だから人々は腕のある騎士が自分のハンカチーフを求めに来る事を期待するわ。そして全体の優勝とは別に、その人のハンカチーフを持つ者の中で最も素晴らしい獲物を得た者にも、祝福の品を渡したりすることが多いわね。そのほかだと……恋人同士の場合だと、他に目移りしていない事を示すために、恋人のハンカチーフだけを用意する事もあるけれど」


 そういう物なのか……とルキウスは思った。貴族の慣習は色々あって、難しい。

 そう思っている事など知らないジゼルは、ルキウスの腕をつかみながら、もう一度言う。


「お願いだから、貴方、メルツェーデスの様のハンカチーフを持っているのだから、せめて、せめて! バルナバス卿よりは立派な獲物をしとめてきて!」

「ど、努力は、します……」


 立派な獲物など、望んでも手に入るとは限らないのだ。あまり強く言われても、ルキウスは正直困る。


 開始時間が近づき、ジゼルはメルツェーデスの元へと帰っていった。その際に振り返り、ルキウスに対して「その刺繍はメルツェーデス様が手ずから刺した刺繍なのですから、それに見合わない獲物に括りつけないで頂戴よ!」と言い放って。


「……」


 メルツェーデス様は刺繍が上手いのだな、とルキウスは思った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 上等な獲物を仕留めて淑女に捧げるなんてステキな展開… 面白すぎて一気読みしました!これからも応援してます!
[良い点]  こういう展開、ワクワクしますね。  お約束だの御都合主義だの言われても、やはり「王道」にかなうものはない。  大事な部分で奇を衒う必要は無い。 [一言]  終始頭の上にクエスチョンマーク…
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