【48】狩猟祭に向けてⅤ
「ご、ご歓談、の所、失礼いたし、ます」
ルキウスがそう声を発した瞬間、その場の人間が全員、ルキウスを見た。
バルナバスは現れたルキウスに対して、汚物を見るような視線を向けてきた。メルツェーデスを口説いている(と思われる)のを邪魔してきたためだろう。
「なんだお前は。向こうへ失せろ」
「お止めくださいバルナバス・ファイアオパール卿! この者は我が甥ルイトポルトに仕える者です」
「なるほど、ブラックオパールの次期主人の。……だが主人は主人、従者は従者です。この者に私たちの時間を邪魔する権利などありませんよ。……分かったらとっとと失せろ」
バルナバスの物言いは尊大で、視線には圧があった。鍛えた人間が出す、殺気というようなものかもしれない。
だが、ルキウスには効かない。
その程度の圧なんかよりもよほど、ずっと、辛くて痛いものを、ルキウスは知っている。
だからバルナバスではなく、メルツェーデスらを見ながら口を開いた。
「ルイトポルト様が、メルツェーデス様に、お話があると、仰せでした。ご案内、してもよろしいでしょうか」
短い単語なら良いが、やはり長い単語を喋ろうとすると、どうにも喉が引っかかるように音が出てしまう。聞き苦しい事だろう。
バルナバスは明らかに自分を無視されたと気が付いて、カッと顔を赤くしていた。怒りからだ。しかし彼が動くよりも、メルツェーデスの明るい声が響く方が早かった。
「まあ、ルイトポルトが! それはいけないわ。本日の主役を待たせるなんて事、出来ませんもの。……バルナバス・ファイアオパール卿、そのような事情が出来ました故、わたくしは失礼いたしますわ。――ルキウス。案内してくださいませ」
さっさと歩き出したメルツェーデスを、流石のバルナバスも引き止めはしなかった。
ルキウスがルイトポルトの名前を出したのは単純に己の主人であるからだったが、今回に限ってはその名前の効力は、父である現伯爵より強かった。
なにせ今回の狩猟祭のメインの一つが、もうすぐ正式に社交界にデビューするルイトポルトのお披露目なのだ。
ルイトポルトは今回の狩猟祭の中心人物。かの人物を疎かにするなど、伯爵の妹で叔母であるとはいえ、メルツェーデスには出来るはずもない。
――勿論、多数の招かれた参加者たちも同じである。
去っていくメルツェーデスの背中に、バルナバスが声を張り上げる。
「このバルナバス・ファイアオパール、貴女様に、巨大肉食ペリカンを捧げて見せましょう! どうかお待ちになられますよう!」
メルツェーデスは明らかな作り笑いをバルナバスに向けたが、言葉としては喋らなかった。
「――助かりました。ルキウス。本当にありがとう」
バルナバスから十分に離れて、ブラックオパール伯爵家の天幕が見え始めた頃、唐突にメルツェーデスがそう口を開いた。
ジゼルやもう一人の侍女――どうやらそのあとの会話で発覚したが、ゼラフィーネという名前らしい――がメルツェーデスの言葉に不思議そうな顔をした。
先導をするようにして歩いていたルキウスは立ち止まって振り返って……メルツェーデスの表情を見て、斜め下を見て、首元を掻いた。顔を見ただけで分かってしまった。メルツェーデスはルキウスが嘘をついて声をかけた事に気が付いていた、という事に。
「……申し訳、ありません、嘘をつき……」
「嘘っ!?」
ジゼルとゼラフィーネが声を揃わせる。それにメルツェーデスは声を潜めるよう言ってから、ルキウスに向き直って首を振った。
「貴方があの時、声をかけて下さらなければ……あのまま、バルナバス・ファイアオパール卿に連れられていく事になっていたかもしれないわ。本当に、ありがとう」
「ありがとうルキウス。貴方の機転に助けられたのね」
メルツェーデスとジゼルはそういったが、ゼラフィーネは違う反応を示した。
「め、メルツェーデス様! もし先ほどの呼び出しが嘘だったとすれば、バルナバス卿にとてつもなく失礼な事をした事になります! どうなさるおつもりですか?! 貴方、ルキウス、なんという失礼な事をっ!」
確かにルキウスは貴族に対して嘘をついた事になるので、バレればむち打ちなどの刑に処されるのかもしれない。
「罰するのは、私、だけ、に、してくだされば」
別にルキウスが処されるのはどうでもいい。ルイトポルトあたりに被害がいかないようにだけ取り繕ってくれればよいのだ。
そのあたりはルキウスがどうこうせずとも、伯爵家が自主的にするだろうから、あまり心配はしていない。
ルキウスの言葉に女性陣はぽかんと口を開く。ルキウスはその反応がよく分からず、首を傾げた。
「叔母様ッ!」
その時、底抜けに明るい声が飛び込んだ。
「叔母様、叔母様、こちらですっ!」
ルイトポルトである。
笑顔でメルツェーデスを手招くルイトポルトを見て、メルツェーデスはくすりと笑ってゼラフィーネとジゼルを見た。
「どうやらルキウスは嘘をついてはいないようだわ。さあ行きましょう」




