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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第二粒 ルキウスと狩猟祭
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【47】狩猟祭に向けてⅣ

「どきたまえ、侍女。私が話があるのは、お前の女主人だけだ」

「メルツェーデス様はこの後、伯爵様の元へ行かねばならないのです。貴方様のお相手をする時間は御座いません」

「おかしいな。私が聞いた話では、既に伯爵夫妻とは随分と話し込んだ後の筈だが?」

「っ」


 人混みと天幕の端で、侍女の一人がさした傘の下に、メルツェーデスがいた。扇を広げているのと距離があるため、彼女の表情は見えない。

 その目の前にジゼルが立って、必死に相手を威嚇している、というのは一目で分かった。


 そしてその相手の男は――真っ赤な髪の、体格の良い男だ。後ろには従者らしいものを二人、連れている。

 三人そろって帯刀している事と、恰好からして、恐らく狩猟祭の参加者であるという事は分かった。

 また恐らく――ルキウスの理解不足でなければ――髪色からして、三つあるオパールの一族の一つである、ファイアオパール一族の人間だろうと思われた。


 男は目の前のジゼルを完全に無視し、彼女の後ろにいるメルツェーデスに対して手を伸ばす。


「手紙では素っ気なくされて、とても悲しく感じておりました。美しき、ブラックオパールの姫君。本日はお会い出来て光栄の極みです」

「……バルナバス・ファイアオパール卿。姫君などという呼称は、わたくしには相応しくありませんわ。我が伯爵家には既に、正当な姫君が生まれているのですから」


 どうやらルキウスの予想通り、ファイアオパールの男のようだ。

 それにしても、メルツェーデスの声がいつもにもまして、固い。あまり関わりたいとは思っていなさそうだという事は、大して敏くないルキウスでも分かった。


 恐らくあまり関わりたくないのだろう。


 だが相手の男――バルナバスは、全く気にした風もなく、ジゼルの肩を押して無理矢理メルツェーデスへと距離を詰めた。勢いよく男に押し退けられたジゼルは「きゃっ」と悲鳴を上げて、膝から倒れ込んでいた。


「ジゼル!」


 メルツェーデスの視線がそちらに移ったが、バルナバスはまるでジゼルに関わる事が全て目に入っていないかのように、メルツェーデスの前に跪く。


「ブラックオパールの宝石よ。本日の狩猟の成果を、貴女に捧げましょう。どうか私に淑女のハンカチーフを頂きたい」


 ハンカチーフ。そういえば、ルイトポルト様付きの侍女たちが、ここ最近必死に縫い続けていたな、と思い出す。ハンカチーフそのものを作るのではなく、既に用意されていた黒い布に刺繍を施していた、という形だが。


 倒れたジゼルが、起き上がってバルナバスにいう。


「何故貴方がメルツェーデス様のハンカチーフを欲するのです。メルツェーデス様のハンカチーフは、我らがブラックオパールの騎士たちのために用意されているのです。貴方にお渡しする分は御座いません!」

「黙れ侍女」


 メルツェーデスに見せていたうっとりするほど熱烈な視線と異なる、酷く冷たい視線と声に、ジゼルはサッと顔色を変えた。それを見たメルツェーデスが慌てて口を開く。


「お渡ししましょう。ゼラ。ハンカチーフを」

「は、はいっ」


 メルツェーデスに声をかけられた、傘をさしていた侍女が慌てた様子で、腕に下げていたバスケットの中からハンカチーフを取り出した。


「どうぞ、バルナバス・ファイアオパール卿」


 ハンカチーフを受け取ったバルナバスは一瞬、ハンカチーフを見下ろして何やら探るような目をした。それから、メルツェーデスを見上げて重ねて問う。


「こちらは、貴女の手がかかっている物でしょうか」

「まあ。バルナバス・ファイアオパール卿。そのような事を、淑女にお尋ねになるのですね」


 メルツェーデスの声には棘があった。流石にまずいと考えたのか、バルナバスは即座に「これは失礼いたしました」と言い、胸元にハンカチーフをしまい込む。


「どうか貴女から、祝福の言葉を頂きたいのですが……」

「まあ。情熱の家の方に、他家の祝福など出来かねますわ。わたくし、兄に叱られてしまいます」

「聞いているのはこの場の人間だけでございます故――」


 ……しつこい男だな、と鈍いルキウスでも分かった。


 メルツェーデスはどうやら本気で、かの男に話しかけられる事に困っているという事は、よくよく分かった。周囲を見渡すが、ルイトポルトもいなければトビアスらもいない。メルツェーデスにあれだけ強気に出る人物だ。恐らく無名の、大して強くもなさそうなルキウスが出て行ったところで無視されるかもしれない。……だからといって、これ以上見逃す事も出来はしなかった。

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