【46】狩猟祭に向けてⅢ
「天幕の設営が終わり切ってないんだ、手が空いている者は手伝ってくれ!」
そんな声が聞こえたので、ルキウスは他の使用人たちに声をかけ、貴族たちがゆったりと過ごしている天幕の所から、参加者たちが屯している天幕がある場所へと移動し、天幕を立てるのを手伝った。
天幕を立てていたのは伯爵家の使用人たちもいたが、中には地元の人間で今回の祭りに合わせて様々な雑用をするべく雇われていた平民たちもいた。
「いやぁ、助かりました。ありがてぇごぜぇます」
ニコニコと、一人の平民がルキウスたちに声をかけてきた。使い慣れていないのだろう敬語を咎めるほど狭量な使用人たちはおらず、皆軽やかに「気にするな」と答えている。
他の平民たちはその平民の後ろにいるので、どうやらこの平民が彼らの纏め役らしい。
ぺこぺこと頭を下げる平民は「いやあ、本当に、この森を狩猟祭の会場にしてくれさって、助かります」と続けた。
その言い方に妙な物を感じたルキウスは、平民の顔を隻眼で見つめながら言った。
「この森に何か、ある、のか?」
「ヒッ、え、あ、へえ!」
ルキウスの容姿が怖かったのか、平民は跳ねた後に何度も頷き、両手を激しく揉み合わせながら答えた。
「じ、実は今、きょ、巨大な肉食ペリカンが、森に出とりまして。もう何人も、森に入ってった奴が襲われて、怪我してんです。ま、まだ人は死んでねぇですが、その、いつ死ぬか分からんと、皆、怯えきっとって……」
肉食ペリカンと言えば、森に住むペリカンによく似た生き物だ。
名前の通り肉を食うのだが、極端に凶暴な性質ではない。ただ、ペリカンによく似た姿で、狼などの肉食性の動物と同じく獣を食らう姿から、そのように呼ばれている。
ペリカンと違い、大空には飛び上がらない。代わりに、多少の跳躍などは出来る程度の脚力と、高いところから飛び降りて暫し滑空する能力は持っている。
(……そんな森で開始して、大丈夫なのだろうか?)
肉食ペリカンは一般的な個体の大きさも、成人男性の胸位までの高さがある。それにわざわざ巨大という言葉が付け加えられているのだから、かなり大きいのだろう。もしそんなものがルイトポルトと敵対する事になったら……あまりに危ないのではないか。
ルキウスはそう思ったが、他の使用人たちの考え方は全く違うようであった。
平民の不安を聞いた彼らは、大きく笑い飛ばした。
「安心しろ! 今日はブラックオパール伯爵家の騎士たちも多数参加する。他の貴族たちも入っていくのだ、きっと誰かがその肉食ペリカンを仕留めるだろうさ!」
「ありがてぇごぜぇます、ありがてぇごぜぇます!」
簡単にいうが、森の中というのは、整えられた舞台で剣の稽古をするのとは、訳が違う。トビアスやオットマーの腕を信頼していない訳ではないが……。
ルキウスが一抹の不安を抱きながら、観覧者たちがいる天幕へと戻り始めた時――聞き覚えのある声が耳に届いた。
「お止めくださいませ!」
ジゼルの声である。
つい、ルキウスはそちらへ向かった。
聞こえてきたジゼルの声に、焦りが滲んでいており、気にかかったのだ。




