【43】エッダⅤ
数日おきでの更新を目指していましたが……。仕事の方でバタバタしておりまして……。すみませんが、次の更新日は未定になります……。
世話をしている侍女が、スープをすくった匙を口元に押し付けてくる。こちらを慮る様子のない態度で匙が傾けられて、スープが口に含まれる。喉を通る。
その動作を、一日に三回する。
それから、ベッドに横たわって、ぼんやりと天井を見つめる。
エッダの心は、冷たい水で満たされていた。
「全く。食事位自分で食べてくださいよね。面倒くさい」
そう不満げにいう侍女に文句を言ったり、叱りつけたりする気力なんてものは、もう、エッダには無かった。
――遠くから、子供の声がする。
それが本物なのか幻聴なのか、それすらもエッダには分からない。
始めて男爵の子供を産んでから数年。彼女の生活は子供を産む前とは全く変わっていた。
出産したばかりで性行為に痛みがあると訴えても、男爵は毎日毎日エッダの体を貪った。その結果、半年ぐらい経った頃にはエッダは再び妊娠した。
男爵も男爵家の人々も大喜びしたが、もう、エッダは自分の妊娠を喜べなかった。
かつて愛した筈だった男が、化け物にしか見えなかった。
男は、男爵は、エッダを愛していると言っていた。いや、過去形ではない。彼は今でもエッダに愛しているという。だがその愛が、エッダが考えていた愛ではないと、この数年で彼女は理解してしまった。
エッダが二人目を産み落とした時、男爵は「また女か」と言った。今度は、産み落とされた子供をエッダが最初に抱くことすら出来なかった。
男爵はエッダの体を綺麗にするように侍女たちに命じた。
「あ、あ――」
エッダは生まれた子供に手を伸ばした。おぎゃあ、おぎゃあと自分を求めて泣く赤子を抱きしめたかった。
だがエッダがどれだけ望んでも、叫んでも、その願いは聞き届けられなかった。
一人目の子供が生まれた時、養育は乳母がすると言ったが――養育どころの話ではなく、未だにエッダは最初の娘にも会えていないのだ。
(――ぐ、れーとひぇん。いれーね……)
長女グレートヒェン。
次女イレーネ。
確かにエッダが産んだ子供であるのに、エッダは二人を抱きしめられない。額にキスをする事も出来ない。愛していると、伝える事も出来ない。
辛うじて見る事が出来たのは、一度だけ。運動もしなければ胎児に悪いという理由で無理矢理廊下を歩かされていた時に、窓の外で遊んでいたピンクの髪の幼女が娘であると気が付き、窓に貼り付いた。
乳母らしい女に向かって、愛らしく笑顔を浮かべているあの幼女は、自分が産んだ子供だ。自分の娘だ。
だがエッダは、あの子たちに近づく事すら出来ない。
グレートヒェンは、もっと大きくなっている事だろう。言葉も話し、可愛い盛りだろう。
イレーネは? どんな顔の子供だろうか。グレートヒェンに似ているだろうか? ついぞ一度も、触ってあげる事すら出来なかった……。
エッダの目から、涙が溢れる。
それを拭ってくれる人も、慰めてくれる人もいない。
(……くる、しい)
最近では、実家から手紙も来ない。兄や母が自分を忘れたのか、それとも、男爵家に握りつぶされているのか……エッダには分からない。
(つ、らい)
今なら分かる。
男爵はエッダを愛していたのではない。健康で、子供が産める女が欲しかっただけ。
エッダを選んだ理由は――恐らく、偶然。或いは子供が万が一母親に似たとしても貴族らしくなるように美しい女を選んだ。……きっと、それだけだった。
(たすけ、て……)
男爵はエッダ自身など見ていなかったのだと、今になって後悔が溢れる。
(たす、けて、ゲッツ、たすけて……)
エッダの記憶の中で、最初の夫が振り返る。
――エッダ!
幸せそうに、愛おしそうに、自分を呼ぶ声が蘇る。
どうして自分は彼を裏切ったのだろう……どうして自分は、彼を捨てたのだろう……。
ボロボロとエッダは涙を流し続けた。その涙が枕を濡らし続け、次の食事の時間に部屋にやってきた侍女は「交換しなくてはいけないじゃない!」と憤慨した。
次からルキウスたちの話に戻ります。




