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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第二粒 ルキウスと狩猟祭
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【42】ヘラⅡ

 ヘラは必死に、フーゴを止めようとした。エッダを止めようとした。


 だってその道は、エッダは絶対に幸せになれない。


 男爵の――男爵家の噂を知っている人間ならば、愛人だとしてもエッダを差し出すような真似はしなかったはずだ。


「フーゴ。貴方、あの男爵の噂を知らないの!?」

「うるさい、黙れヘラ!! 俺に口答えするんじゃない!」


 だがもう、その時にはフーゴにはヘラの声は届かなくなっていた。エッダはとっくに男爵の元に行ってしまっていたし、義母はエッダ伝で男爵から宝石類を貰い、真面でなくなっていた。

 最後の望みにかけて、エッダに直接手紙を書いた。


 エッダから返信はなかった。

 代わりに、フーゴのいない日、ハンスと町を歩いていた時、男爵家の馬車がヘラの前に現れた。


「お前だな。この手紙を書いたのは」


 馬車から降りてきた男爵家の使用人は、ヘラがエッダに送った手紙を地面に落として、踏みつけた。


 少し考えれば、エッダが読む前に男爵家の人間に目を通されるかもしれないと考え付いたはずなのに、あの時のヘラは焦りすぎて忘れていたのだ。


 使用人はハンスごとヘラを蹴り倒した。そして、ヘラの背中に鞭を振るった。

 ハンスにだけは傷をつけないようにと、ヘラは必死に胸の息子を抱きしめ続けていた。


「余計な事をするな、平民。次はない」


 ヘラは馬車が去った後、走って家に帰った。

 怪我の事は誰にも話せなかった。

 ただもう、エッダの問題には口を出さないと決めた。

 自分だけならば良い。だが次は、ハンスにも手を出されたら――。


 ヘラはごく普通の、一般人だ。

 守れる物はそう多くない。義妹のエッダも、どこかに追放されてしまった義弟のゲッツも、ハンスを可愛がってくれた。ヘラに親切にしてくれた。

 だがもうヘラが、彼らに出来る事は何もなかった。



 ――フーゴの暴走は終わらなかった。


 フーゴは実の父親を追い出し、男爵の後ろ盾をもって店の規模を大きくし、更に別の町にも店を出すようになった。

 町の人々の視線も、段々と変わっていく。

 最初こそ、フーゴが立てたエッダの可哀想な噂により、フーゴたち一家に同情的だった。しかしフーゴが自分本位な方法で店を大きくし、古参の店員たちも雑に扱うようになって、次第に非難の声が集まるようになった。


 この嫁いできた町に、友人もいた。だがハンスが町の子供から泥を投げつけられたと泣いて帰ってきた時、ここにはいられないと思った。


 だからフーゴが別の町に家を建てた時、ヘラはハンスを連れて引っ越した。

 家に残っていた義母も一緒に引っ越してきた。孫の世話がしたいとかいっていたが、違うとヘラは知っている。

 昔から親しくしていた奥様仲間から爪弾きにされて気まずかっただけだ。


 故郷で周りに冷たくされた事が切欠か、ハンスは次第に外に出るより家の中で何かをする事の方が好きになっていった。

 ごみに捨ててしまうような木の棒を組合せて物を作り上げる息子に、ヘラは色々な物を与えた。


 最初は木の棒を紐で結び付けて形作っていただけだったが、次第に工夫して紐で繋ぎ合わせたり、或いは木の塊を削って、凹凸を組み合わせるようになった。


(この子には絡繰りの才能があるかもしれない)


 ヘラ自身、対して絡繰りに詳しくはないが、こういうものを生業にする人に弟子入りさせたら、思わぬ才能が花開くのではないか。そんな妄想をした。


 だがフーゴはそんな事許さないだろう。商人の子は商人に。農民の子は農民に。それが基本的な、世の理だ。

 せめて絡繰りなどを扱うような職人への伝でもあれば良かったが、そんなものはヘラにも、ヘラの実家にもなかった。


 ――遠く、夫の怒りの声はまだ聞こえている。

 己の無力さが悔しかった。息子が得意な事に導いてあげられない事も。そう遠くないうちに破綻し破滅するだろう夫を止める事が出来ない事も――。

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