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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第二粒 ルキウスと狩猟祭
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【40】フーゴⅣ

何話か、ブラックオパール家ではない人々の話が続きます。

 ガンッ! と手に持っていたグラスをテーブルに叩きつける。そうすると視界の隅で、ビクリと体を揺らして怯えた目で見てくる己の子供にイラついた。


「なんだその目は!」


 手に持っていたグラスを子供に向かって投げつけると、悲鳴が上がった。次いで、泣き声が上がる。

 うわあんうわあんと耳障りな声を上げる息子を躾けようと立ち上がった時、別室で家事をしていた妻が飛んできた。


「ハンス!」


 妻は即座に息子を抱きしめ、床に転がるグラスに顔を歪めた。


「大丈夫よハンス。大丈夫……。……貴方……っ、呑むのならば部屋でしてくださいと、何度も言ったでしょう!」

「うるさいッお前が俺に指図するな!」


 こうして怒鳴り合うのも、最近では日常になってしまっていた。


 おかしいと、フーゴは髪の毛を掻きむしる。


 妻は父親の同業者の娘だった。フーゴの母のように大人しく、夫を立て、夫の仕事を支え、子供を育てる良き妻で母親だった。

 ところが最近は、こうしてフーゴの行動にケチを付ける。


 やれ服は洗濯籠に入れろ。

 酒を呑むのならば自分の部屋で一人呑め。

 子供にあたるな――。


 どうしてフーゴがそんな事を言われなくてはならないのだ。彼らが生活しているのも、質の良い服を着れているのも、毎日食べ物に困らないのも、全てはフーゴが働いているからだ。


(お袋はこんなじゃなかった。お袋は親父にそんな事させなかった!)


 フーゴの父は脱いだ服はすぐに母に渡していた。母は大人しくそれを受け取って、洗濯籠に入れていた。


 フーゴの父は遠方に出掛けておらず、酒場にも行かない日は、子供たちがいる場で晩酌をしていた。フーゴの母が用意したツマミを食べながら、色々な体験談を語ってくれた。

 フーゴと妹のエッダは夜にその話を聞き、眠くなったら布団で眠った。


(クソッ、こんな女と結婚するんじゃなかった!)


 女は結婚するまでは良い顔をするが、結婚したら本性を出すという。最近酒場でよく共に酒を飲む男たちは、結婚なんてすれば人生が終わると笑っていた。その通りだ。


 妻はフーゴを大事にしない。

 そして何よりも、息子を大事にする。


 ギリギリと、歯ぎしりをする。


 この息子が少しは出来る奴なら、まだ良かった。ところが息子は、フーゴが父の仕事に興味を持って手伝いを始めた年頃になっても、そういう事に興味を持たなかった。どこからか手に入れてきた変な形の木を組み合わせて、一人で遊んでいる。


 何度か店に無理矢理連れて行ったが、まともに仕事をしなかった。その上、店のオーナーの息子だからと無碍に出来ず、店員の手がそちらに割かれた結果、店の売り上げがガタッと落ちた。


「なんで何もしないんだ!」


 フーゴがそう言って息子をぶつと、妻が怒り狂った。


「たった六歳の子に、なんて事を!」


 それきり妻は店員たちに、フーゴがもし息子を無理矢理連れてきたならば、自分に連絡するようにと言いつけたらしい。それを知らずに再びフーゴが妻の目を盗んで息子を店に連れて行った所、店員たちは即座に妻に連絡をして、妻は息子を連れて家に帰った。

 自分の指示より妻の指示を守った店員は叱り飛ばすと、その店員は去る時、イライラした声で言った。


「俺らは乳母じゃない。子供の世話なんて仕事に入ってない!」


 その店員はすぐにクビにしてやったが、腹の虫は全く収まらなかった。


 ――どうしてこれほど腹が立つんだ。


 フーゴは髪を掻きむしり、机をたたいた。妻はとっくに、息子を抱きかかえて別室に移動している。


 父が店の(トップ)だった時よりも、金がある。服は豪華だし、宝石だって買える。昔なら特別な日にしか食べられなかったような食べ物を、毎日食べられる。


 だが家の中は、どうだ?


 ここまで連れてきた実の母親は、フーゴになど目もくれず、毎日どこかに手紙を書いている。


 妻は自分を蔑ろにして、使えない息子ばかり気に掛ける。


 息子は自分を尊敬もせず、何かある度に泣き喚く。


 こんなの、こんなのまるで――。


「ちがうッ!!!!!」


 フーゴは大声でさけんだ。


「違う違う違う!」


 壁を何度もたたいた。

 けれど妻や母が自分を心配し、様子を見に来る事はなかった。

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