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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第二粒 ルキウスと狩猟祭
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【36】エルメントルート・ブラックオパール

 貴族の家で働く使用人たちの朝は早い。

 早い者であればまだ太陽の昇る前から。そうでなくても、太陽が昇る頃には起き上がり、準備を済ませて己の所属する場所に出てくる。


「おはよう、ございます」

「おはようございます、ルキウスさん!」

「おはようございます」


 ルキウスはいつものように、ルイトポルト専属使用人たちが集まる場所へとやってきた。まだ主人であるルイトポルトは寝ているが、起きてくる前に使用人たちは今日の一日の流れを把握せねばならない。


「ルイトポルト様は本日、家庭教師との勉強を午前中にされ、午後は騎士に混ざり剣の訓練をされる。メイドたちはいつもの通りに部屋の掃除を。侍女らは、午後の服を別に用意しておくように。訓練に関してはいつもの通り、トビアス卿とオットマー卿にお任せする。本日の傍仕えはルキウス、君だ」


 ルキウスは頷いた。特に特別な事のない、定番の流れだ。

 従僕であるルキウスの仕事はルイトポルトの傍に控え、主人が望む事を行う事である。控えているのは当然の事だ。

 だが次期伯爵であるルイトポルトの周りには、それなりの数の従僕がいる。そのため彼らの中で順番に一日専属で付く者が選ばれていた。

 ルキウスは、午後に遠出であったり剣の訓練がある日に担当する事が多い。ルキウス自身がトビアスやオットマーらに鍛えられているためかもしれない。


 目を覚ましたルイトポルトは身だしなみを整える侍女たちに髪を梳かれ、顔を洗われ、服を着替えていた。生まれてからずっと、何をするにも傍に人間がいる状態で生きてきたルイトポルトに、恥ずかしさは見られない。

 身だしなみを整えたルイトポルトが寝室から出てくると、部屋の出入り口の部分で立っていたルキウスを見て、目を輝かせた。


「今日はルキウスの日か! よろしく頼む」 


 不敬を恐れなければ、始めて会った頃と比べてルイトポルトは立派に成長している。

 それは単純な背丈などの話もあるし、顔立ちが前よりも凛々しくなっているのもあるし、鍛えるようになったお陰で体には筋肉もついているというのもそうだろう。

 だが何よりも、表情が以前より大人になったと感じるのだ。

 それは彼の心がより大人に近づこうとしていたからだろう。


「ルキウス。朝食の前に挨拶に行くんだ、付いてきてくれ」

「はい」


 ルイトポルトの後ろを歩く。背が伸びたといっても、この小さな主人の成長期はまだまだ先の事だろう。


 迷いなく進んでいき、慣れた様子でルイトポルトは目的の部屋をノックした。


「私だ。入っても?」


 数秒後にドアが開き、この部屋の主の乳母が顔を出した。


「おはようございます、ルイトポルト様」

「おはようコジマ。エルメントルートは?」

「起きていらっしゃいますよ」


 ルイトポルトは大股で部屋の中へと入っていった。ルキウスも乳母のコジマに頭を下げて、入室する。


「おはようエルメントルート! 昨夜はよく眠れたかな?」

「うあっ」


 乳児用のベッドに寝ていた赤子は、ルイトポルトの声に反応して声を上げた。


 エルメントルート・ブラックオパール。昨年生まれた、ルイトポルトの妹だ。


 伯爵夫人はまだ若いが、第一子であるルイトポルト以外に子供がいない様子から作る気がないのだろうと言われていたが――蓋を開けてみればなんて事ない。ただ巡り合わせが無かっただけの事であったらしい。エルメントルートの妊娠以降は夫人としての仕事は控え、安全を尽くして子を産み落とした。そうして産んだ後は貴族らしく殆どの世話を乳母に任せ、今まで通り伯爵夫人としての責務を果たしている。


 ルイトポルトは十二になって出来た初めての妹に、それはもう甘々であった。可能な限り毎日会いに行き、涎を垂らされても自分の腕に漏らされた時も叱る事一つしない。むしろ乳母を始めとした使用人たちの方が慌てていた。

 エルメントルートも出来る限り毎日会いに来る兄に懐いているようで、なんなら伯爵夫妻が会いに来る時よりも反応が良いのだと、乳母のコジマは小声でルキウスに告げた。会っている頻度が違うので仕方ない事であるが、夫妻には到底言えない事である。


「ルイトポルト様、そろそろ」


 朝食の時間が近い。名残惜しいかもしれないが、動かなければ。

 まだ乳児のエルメントルートは部屋から出る事が基本ない。共に食事を取れるようになるのは、まだ先の話だ。


「また来るぞエルメントルート。ルキウスも一緒にな」

「あう」


 言っている事を理解しているかは判らないが、兄とも叔母とも違った色彩の瞳を輝かせながら、エルメントルートは握った片手をぶんぶんと振っていた。

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