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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第一粒 妻が貴族の愛人になってしまった男
34/144

【34】エッダⅣ

 子供は、エッダの腹からなかなか出たがらなかった。

 出産の最中、エッダは何度も「もう殺して!」と叫んだ。こんなに痛みにさいなまれるぐらいなら、死んだほうがましだ、精霊様の許に行った方がましだ! と心の底から思っていた。


 何度も何度も泣き叫び、暴れる体を抑えつけられ、長い時間をかけて、やっとエッダの腹から赤子は出てきたのだ。


 おぎゃあおぎゃあと泣き声を上げた子供に、多くの人間が大喜びした。

 エッダは汗だくで、痛みから解放され、頭が真っ白になっていた。はあ、はあ、と荒い呼吸を繰り返す。


(――うまれた? もう、終わった?)


 生まれた子供は用意されていたぬるま湯で洗われて、それからエッダの元に持ってこられた。


「女の子ですよ」


 取り上げ婆はそう言って、子供の顔をエッダに見せた。

 くしゃくしゃだった。真っ赤だった。不細工で仕方なかった。


 だけど、その顔を見た瞬間にエッダの胸に溢れたのは、どうしようもない喜びだった。


「あ、ぁあ、ああぁ!」


 エッダは腕を伸ばした。そうして、自分の子供に初めて触れた。


(アタシの子供、アタシの赤ちゃん、アタシの、アタシの赤ちゃん……)


 腹にいた頃、あれほど腹立たしかったのに。

 出産のときだって、あれほど痛くて痛くて仕方なかったのに。

 今さっきまで、そんな感情、持ってなかったのに。


 なのにどうしてか。どうしようもないほど、胸が、いっぱいになって、涙が止まらない。


 ――愛おしい。


 親戚の子供だとか、店で働いていた従業員が見せてきた子供だとかを見た時には感じなかった感情を、エッダは今初めて感じていた。


 力の入らない両腕で赤子を抱きしめる。赤子はおぎゃあおぎゃあとずっと泣いている。

 昔は、赤子が泣いている声を煩いと感じていた。

 だが今はその声がこの子が生きている証だと思うと、煩いなんて、思わなかった。


「生まれたか!」


 そういう声と共に、男爵が入ってきた。そうして、寝台の上のエッダと、その胸元にいる赤子を見ると、ずんずんと進んできた。


 そうして、エッダから赤子を奪い取った。


「あっ!」


 エッダがそう悲鳴を上げたか、気にせず、男爵は赤子を持ちあげる。おぎゃあおぎゃあと大声で泣いているが、男爵に気にした様子はない。


「おお! 立派な! 立派、な……」


 そう盛り上がり、それから、声が尻すぼみになる。

 男爵の視線が、どこに向いているのか……すぐに分かった。泣いている赤子の、股だ。


「男児でないのか」


 その男爵の声に、エッダはゾッとした。その声は、これまでの盛り上がりに反して、酷く凪いだ声だった。

 だがそれも一瞬のことで、男爵はまた笑顔になる。


「まあいい。よくやったエッダ。よくやったぞ!」


 男爵はそういい、エッダの肩を叩いた。

 いつも通りの男爵に、エッダは先ほどのは気のせいかと思った。気のせいだと、思いたかった。



 ■



 出産を無事終えたエッダは数日、体を休めながら子供の世話を――()()()()()()

 平民からすると、子供は自分の乳で育てるものだ。

 だが貴族は基本的に乳母の乳で育てる。場合によっては、全く赤子の世話に携わらない事もあるのだという。

 エッダは自分の産んだ子供だから自分で育てたいと主張したが、執事に却下された。


「御子様は、この家の跡継ぎになるかもしれない御方です。貴族として育てなくてはなりませんから、平民のような形で接する事は許されません」


 男爵にも訴えたが、怪訝な顔をされるだけだった。


「子供は乳母が育てる者だろう? 乳母に託せばよい。それよりお前には、()()()()()がある」


 意味が分からなかったが、その夜、男爵はエッダの元に現れた。そしてエッダの服を剥き、エッダを押し倒した。


「お前は立派に子供を産める女だ。素晴らしい」

「ま、待って、待って男爵様! まだ産んでばっかでっ!」

「何を言う。私も年だ。早く子を増やさねばな」


 まだ出産したばかりで、股は痛んでいる。取り上げ婆も「暫くは何もせずゆっくりするんですよ」と言っていた。


 だが男爵は聞いてはくれなかった。


 エッダがどれだけ泣いて叫んで訴えても、エッダの体を抑えつけて、彼女の体を無理やりにも暴いていった。

次から二章になります(章が出来るほど長く続くと思っていませんでした)。少しお時間を頂くかもしれないです。よろしくお願いいたします。

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