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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第一粒 妻が貴族の愛人になってしまった男
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【31】才能の使い方

 見事に射られた的をイザークは暫くの間、無言で見ていた。そして……。


「気に入ったァ!」


 突然の大声に、全員が動きを止めてイザークを見た。イザークはギラギラと光る目で、ルキウスに狙いを定めていた。


「ルキウス! お前俺の下で見習いしろ! そして弓兵になれ!」


 鼻息荒くルキウスの元に近寄ってくるイザークを、トビアスたちが慌てて押しとどめる。


「待て待て待て。確かに弓兵に出来ればとは思ってたが、お前のところで見習いはさせないぞ! お前そのまま外に連れ回すだろうっ! ルキウスはルイトポルト様の従僕だ!」


 なお戸籍を与えられた事で、ただの遊び相手から正式な従僕に位が上がっている。


「この才能をただの召使いで終わらせるってのか!? 絶対弓兵として活躍した方がいいっ!」


 従僕とは男性召使いの事であり、主人の周りで様々な雑務を行う存在だ。とはいえルイトポルト付きであれば、使用人の中でも悪くない立ち位置である。

 ただ、騎士という立場に誇りを持つイザークからすれば、従僕という立場より、一弓兵になり何かしらの場で成果を上げる方が遥かに良いだろうという考えだったようだ。勿論トビアスたちも騎士という従僕より遥かに良い立場にあげてルキウスが墓を早く得られるように……という考えから活動していた訳だが、イザークに渡せばガチガチの戦士として教育される。


「いやいやいい。ルキウスの世話は私たちの仕事だからな! なあオットマー!」

「ああ。こいつは我々が連れてきたから責任を持つのも我々だともっ」

「お前らが弓の何を教えられるってんだ。弓を鍛えるってんなら俺の下に着くのが最善だろうが!」


 ワイワイギャアギャア。

 男たちが争う中、真ん中にいるルキウスは死んだ目で空を見つめていた。


「お前らじゃあ、話にならんッ! 伯爵様に直接申し上げる!」


 イザークはそう言い捨てると鼻息荒く、伯爵に話をするために執事のジョナタンを探した。ジョナタンはイザークの言葉を受け、伯爵の執務室に消えていった後、暫くしてから出てきてこう言った。


「ルキウスの処遇については、伯爵様はルイトポルト様の判断を優先すると仰せだ。ルイトポルト様に判断を仰ぐように」


 その一言で、鼻息荒いイザークと彼を止めようとするトビアスとオットマーに引き摺られている死んだ目のルキウスはルイトポルトの元へと移動していった。

 ルイトポルトは勉学の途中であったが、急に騎士たちがやってきたという事で、いったん勉強を止めて部屋から出てきた。


「一体何事だ?」

「申し上げます。ルイトポルト様。従僕ルキウスには弓の才があります。それを伸ばさないのは神が与えたもう天恵を捨てるようなもの。どうか我が下につけ、騎士見習いとする許可を頂きたく」


 片膝をついて申し上げるイザークにルイトポルトは目を丸くした。あまりに急な発言だった。後ろにいたトビアスとオットマーたちは、ルイトポルトから説明を求める視線を貰い、経緯を簡単に説明した。腕を掴まれて連れてこられたルキウスは、遠いところを見ている。

 それらを全て見た後、ふむ、とルイトポルトは一考するような仕草を見せた。


 もしや受けるのか? とトビアスたちは何も言えず、無言で黙っていた。伯爵様が定めた以上、ルキウスの処遇を決められるのはルイトポルトだけである。トビアスたちが反対しても、ルイトポルトがそうと決めたのであれば従う他ない。


「だめだ。ルキウスは騎士にはしないぞ」


 ルイトポルトの言葉に、イザークは顔を上げた。


「ルイトポルト様! ルキウスは、間違いなく弓の才がございます!」

「だろうな。彼の弓の腕をこの家で初めに見たのは私だ。お前の考えを認めない訳ではない。だがルキウスが騎士になりたいと言い出したのではないだろう? ――トビアス?」


 どうやら、トビアスがルキウスに剣を仕込んでいた事も耳にしていたようだ。トビアスは苦笑いをした。


「ええ、まあ。私の勝手な独断です。剣が握れれば連れて歩ける範囲も増えると愚考いたしましたが、勝手な行動をし申し訳ございません」

「いいんだ。トビアスの言いたい事は分かるし、ルキウスの事を思ったのだろう? 咎める心算はない」


 ルイトポルトも、ルキウスが墓を求めた事は聞き及んでいる。そして、様々な事を鑑みて墓を与える事は出来なかった事も。だからこそトビアスが、ルキウスが少しでも早く墓を得られる成果を出せるようにと気を遣っただろうという事も。


「だけど、どう見てもルキウスは騎士になりたがっているとは思えないよ」


 その場の全員が、ルキウスを見た。ルキウスは虚ろな目でルイトポルトの方を見ている。あれこれ連れ回され、疲れているのが見て取れた。

 元々剣の鍛錬をかなりした上に、弓を連続して射る羽目になっていた。そこから更に連れ回された事で、かなり限界が近いように思われた。

 それでも、騎士になりたいという前向きな思いがあれば、ここまで目が虚ろになる事はないだろう。もう少し煌めくはずだ。


 だがそれがないので、本人に意思がないという事は明らかで……。


 イザークは肩を落とし、トビアスとオットマーも振り回した事を反省した。


「ただイザーク。良ければ余暇と余力がある時に、ルキウスに少し弓を教えてやってくれ。騎士にするつもりはないが、出来る事が増えるのは確かに良いと思うんだ」

「畏まりました」


 最早イザークには利がない願いだが、最初にルキウスの才について騒いだのは自分である。イザークは大人しくその願いを受け入れたのだった。


「ルキウスも、それは良いだろうか?」


 騎士になりたいという感情はないが、だからといってやれと言われた事を拒絶するほど嫌だという感情もないので、ルキウスは頷いた。


 そうしてルキウスは、従僕としてルイトポルトの外出に付き添いつつ、それ以外の時間はイザークの元で弓を指南されたり、時折トビアスから剣を習ったりし、それ以外の時間では伯爵家の使用人たちに交じって様々な仕事を経験し、日々を過ごすようになった。

次は久しぶりの、元妻側の話です

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