【30】予想外な才能
「まずはこれに中ててみろ」
イザークが最初に用意したのは、藁を束にして棒に括りつけた案山子だった。それを見ながら、ルキウスは手に持った弓を見下ろした。
ルキウスは弓を持った経験がある。が、専門的に学んだわけではないし、その時に使っていた弓よりも今手にした弓は一回り近く大きく重さがあるように感じる。手触りが記憶と違い、上手く射る事が出来るかは、はっきりとは言えなかった。
何より、かつては両目で世界を見ていた。今は、片目でしか見れない。
練習用と言っていた通り、使い込まれていた弓を片手で持ち、もう片方の手で渡された矢を持つ。まっすぐな削りだされた木の棒の先端に、尖った金属が付けられ、反対側には羽が付けられている。
いざ射てみろと言われても、正直な所自信のようなものはルキウスにはなかった。だがしてみせなければ、周り――特にトビアスが納得しないだろうと思い、案山子に狙いを定める。
ひゅんっ。
矢は風を切り、とすっという軽い音と共に案山子に刺さった。
(…………思っていたよりも、上に刺さった)
ルキウスは心の中でそう思った。
「ふむ。確かに使えない訳でもないらしい」
イザークは特に褒めもせず、そういった。それもそのはずで、今用意した的は大きく当てやすい上に、距離もそう離していない。ルキウスがあの弓を持つのは初めてである事を考慮して、まず易しい的から用意していたのだ。
次の的が用意される。
先ほどの案山子より藁の範囲が減った案山子が、先ほどより遠い所に置かれた。準備が整ったのを確認してから、ルキウスは矢を射った。
ひゅんっ、とすっ。軽い音は連続して鳴り、今度も的に矢は刺さっていた。
(……下)
やはり、狙った所には刺さらない。
「次」
イザークは部下たちにそう指示を出し、次に出てきた的は丸い板になった。そして、さらに距離が取られた。丸い板のサイズは、先ほどの案山子よりも遥かに小さい。
「せめて板にはかすらせてみせてくれ」
イザークはそういった。出来れば良いが、先ほどから狙いからは外れているので、ルキウスは困った顔で首をかしげるだけにとどめた。
新しい矢を番え、板を狙う。
小さく呼吸をし、ルキウスは唯一の視界である左目で、的を見据えた。
ひゅんっ、とすっ。
(ちょっと右)
おお、と小さな声が上がった。
ド真ん中――ではないが、ルキウスの放った矢は、板の中央に近い部分に刺さったのだ。
「距離取れ」
イザークが真顔で言った。的はそのまま、更に遠い位置に移動された的を見ながら、ルキウスはもう一度矢を番え……。
ひゅんっ、とすっ。
おおっ。先ほどより大きな声が上がった。
(……下……)
ルキウスはそう思っていたが、矢自体は先ほどよりも中央に近いところに刺さっていた。
「もう一度、同じ的」
イザークの言葉に従い、ルキウスはもう一度射る。ひゅんっとすっおおっ、と音と声が続いた。ルキウスも内心、ホッとした。やっと思った位置に矢が当たった。これでトビアスの顔を潰したりはしなかっただろう。そう思い、弓を置こうとしたルキウスだったが、イザークが部下の方に声を張り上げたので終われなくなった。
「振り子持ってこい!」
部下たちがざわつきつつ、イザークの言葉通りに、振り子が用意された。
用意された振り子は棒の先に飛び出した細長い板が取り付けられており、その先端に重りに繋がった紐が括りつけられているというものだった。
「あれに当ててみろ」
「おいイザーク。ちょっと上級向け過ぎるだろうっ」
「うるさい。誰が弓矢を貸し出してると思ってるんだ?」
「嫌がらせじゃないのか?!」
「うるさいっ!」
イザークとトビアスらが言い合いを始めると、周りの部下たちも「流石にちょっと」「あれはなぁ……」と好き好きに話し始める。
にわかにうるさくなった周りを見渡してから、ルキウスは無言で矢を番えた。
先ほどまでは動かない的だった。今は動く上に、紐に括りつけられている重りは今までのどの的よりも小さい。
ただ、振り子の動きは、野生動物の動きに比べれば遥かに予想しやすい。
ヒュンッ。
今日一力強い音で、矢は風を切り裂き飛んだ。
そして揺れている重りに刺さり、その勢いのままに紐がちぎられ、重りと矢だけが更に離れた位置に落下した。
オオッと男たちの歓声が上がった。その瞬間を見逃していた者たちも、落ちた重りとそれに刺さっている矢を見て、ルキウスが“やった”事を理解し、声を上げた。
「すごい、すごいぞルキウスっ!」
「お前弓の才能があるぞ、間違いない、間違いないっ!」
トビアスとオットマーがルキウスの左右でそう叫んだ。ルキウスは二人が喜んでいるようだったので、嬉しくて微笑んだ。




