【28】平民ルキウスと善意の鍛錬
結論から言えば、ルキウスの願い――両親を墓に埋葬する――というものは叶えられなかった。
当初、伯爵はその願いを受け入れた。が、それに対して、伯爵周りの側近や部下たちから反対と反発の声が上がったのだ。
それはルキウスに対して悪意がある者だけでなく、好意的な者からの声もあった。ルキウスに悪意がある者の意見も好意的な者も意見はそう変わらず、「それを与えるのは、いくらなんでも特別扱いが過ぎる」というものであった。
ただの墓と思う勿れ。
墓という物は、力のない身分である平民などにとっては戸籍や永住権に次いで得る事が難しい――場合によってはそれらよりも手に入れる事が難しいものだ。墓があるという事はその者の子孫たちも半永久的にこの土地で暮らすという事を認める事にもなる。他の土地出身で、伯爵領に永住したい平民たちは、なんとか職を得て暮らしていき、永住権や墓を貰うために苦労をしている。
そうしてやっと手に入れる事が出来るような物を、伯爵家にきて数か月の人間がポンと貰えば、いくら理由が妥当だと訴えても、納得しない者が少なからず出る。
ルキウスは、未だにどこから来たかも語らない、平民階級の男だ。まず間違いなく、大多数の平民たちは「何故あいつだけ」という感情を抱く。これが例えば長年ブラックオパール伯爵家に仕えていて貴族階級出身であるトビアスなどが受けるのであれば周りは何も言わないだろう。貴族階級というのは、平民と比べてそれだけ優遇される。
悪意を抱く者はそうした嫉妬が理由で。
そうではなくルキウスに好意的であったり、中立的な者も、簡単に墓を与えてしまえば後々ルキウスが周囲と軋轢が生まれる事を危惧して、周囲は伯爵の意見に反対した。
伯爵はそれを受け、墓を与えるという褒賞を取り下げ、代わりにルキウスに戸籍を与えた。これまでは無戸籍だった男は、正真正銘ルキウスという、新しい人間となった。
これでまず周りの平民と同等の立場となった。
少し時をおいて永住権を。それより更に時をおき、墓も与えると内密に決定している。ただし、周囲には伏せられているが。
十分すぎる特別扱いであった。
ただ貴族のそういう、遠回しともいえるやり方がいまいち分からないルキウスからすると、「両親に安心出来る眠る場所を与えられなかった」という残念な気持ちだけが心に残った。ルキウスが欲しかったのは自分の身の保証ではなく、親の魂の安寧だった。
そんなルキウスの悲しみを感じ取ったのかは定かではないが――。
「もう一度だ、ルキウス!」
(ど、どうしてこんな事に……?)
カンッと高い音を立て、弾き飛ばされた剣が飛ばされる。剣どころか体ごと弾き飛ばされたルキウスは、トビアスの言葉に体を起こし、周囲を見渡して飛ばされた剣を探した。
伯爵家の、鍛錬場。
伯爵家に仕える騎士たちが普段訓練をしている場で、何故かルキウスはトビアスから剣の指導を受けていた。突然の鍛錬が始まったのはルキウスに戸籍が与えられた数日後で、トビアスはルキウスの肩を組んでそれはそれは良い笑顔で言ったのだ。
「ルキウス。騎士、目指すか!」
(?????)
意味が分からず硬直するルキウスを、トビアスは周りに一言言って連れ去った。そして訓練場に連れ出され、鍛錬用の剣を持たされたのだ。
「騎士になれれば、他の平民より上の地位が望めるからな。そうすれば、墓を得る事も早く出来るかもしれないぞ!」
トビアスはニコニコと微笑みつつ、しかし、容赦がなかった。
その日からルキウスはトビアスによって扱かれている。今まで狩りの経験なら多少あれど、戦うなんて行為は殆どした事がないルキウスからすると、「自分は彼に嫌われていたのだろうか?」と思うぐらい、容赦なく扱かれた。
騎士というのは一朝一夕でなれる身分ではない。故に、騎士たちはプライドが高い。
最初のころは本来騎士でもなんでもないのに剣を持ち始めたルキウスと、彼に剣の指導をするトビアスに対して、周囲の騎士たちは冷めた視線を送っていた。文句が出なかったのはルキウスがメルツェーデスの命の恩人だったからに過ぎない。
が、日付が過ぎる毎にだんだん、ルキウスに注がれる視線が同情じみてきた。というか、完全に同情されている。間違いなく。
トビアスはルキウスの限界になれば剣の訓練を終えるのだが、終わった途端他の騎士たちが無言でルキウスに水にぬれた布を差し出してくれたり、怪我の手当用に清潔な布を渡してくれるのだ。最初のころはそんな事、されなかった。
そうした気遣いが行われるようになったのは、トビアスが容赦なさすぎるのと、オットマーにより突然始まった鍛錬がトビアス発案でルキウスの意思はほぼ無視されて行われている事が知れ渡った事によるものだったのだが、ルキウスは知らなかった。
 




