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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第一粒 妻が貴族の愛人になってしまった男
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【27】ねがうもの

 怪我の治療にはそこまでかからなかった。傷が開かぬようにと包帯を巻かれてはいるが、長く引きずるものでもないだろうと。ただ、医師から許可が出るまでの数日間、ルキウスは療養している部屋から出る事が出来なかった。その代わりに、ジゼルがよく動いた。

 数日経ち、ルキウスは動いて問題ない程度に回復したからと、この部屋を出る許可が出た。


 物理的な怪我が治る目処がたった一方で、喉の調子は何故かよくならない。医師からは、伯爵家に来た時から悪化している様子はとくにない、と診断された。事実、痛みはない。だが、喋るつもりで声を出しても、掠れた吐息だけが吐き出されるばかりであった。


「まあ、療養が最良の薬でしょうな」


 医師はジョナタンに対して、ルキウスの状態をそう説明した。


 簡単な事なら声が出なくても問題がないが、長期となると、問題が出てくる。

 身振り手振りや肯首首振りの否定だけでは、会話は難しい。

 ルキウスのためにと問いかけ方を気にする使用人ばかりでもないのだから、今までのようにルイトポルトの遊び相手をしながら、他の仕事を手伝うのは難しいのではないかとジョナタンは困った。が、そちらはジョナタンからするとかなり予想外の方向で、解決した。


『こえはでない です けど かいて いうこと できる です』


 ジゼルが用意したらしい紙に、ルキウスはそう書いてみせた。


「文字がかけたのか?」


 ジョナタンも、紙とペンを用意したジゼルも、驚いてしまった。ジゼルは、絵でも描いてみせるのかと思って紙とペンを用意したと口にした。

 文字は拙く、文体は少し怪しい。なんとなく、幼い子供が書いた文章のようだ。だがルキウスはジョナタンらの前で、書き写すのでなく、自分の手で文字を書いてみせた。


 こくりとルキウスはうなづいた。ここ数日はそのまま放置されていた髪がジゼルの手によって纏められているので、顔がよく見えた。唯一残っている左目は、ジョナタンらの反応を伺うように揺れていた。


「……なるほど」


 顎に手を当てながらジョナタンは、今朝、主人たる伯爵から伝えられた言葉を思い出していた。何かといえば、今日の午後には下人棟に帰るルキウスへの処遇だ。

 メルツェーデスの命を救った彼に与えられるのはもちろん報奨だが、その内容について。


「我が家が与えられる、望む物を」


 伯爵は、それがルキウスに相応しいと判断した。

 一度ならず二度もブラックオパール伯爵家の人間を救ったのだから、それが妥当だと。


 先ほどまでは喋れないのであれば望む物を聞き出すのは難しいかと考えていたが、筆談が可能であれば話は変わる。


「ルキウス。伯爵様より、先日の報酬について言付かっている」


 ルキウスは左目を少し彷徨わせる、そっと、下を見た。


「我が家が与えられる、望む物を。伯爵様はそのように仰られた。ルキウス、お前は何を望む?」


 ルキウスは、すぐに答えなかった。ペンを握ったまま、彼は動かなかった。何かを与えるというわかりやすい報酬ではない事から彼が悩んでいるのは明らかであった。


 長い長い沈黙の後、ルキウスは震える手で、ペンを動かした。紙に書かれていく男の望みを見て、ジゼルは目を丸くして、ジョナタンは誰にも気づかれぬよう、そっと目を伏せた。


『ちち と はは に はか を』


 それは、伯爵家が用意できるものであったが、かなり高望みな願いでもあった。

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