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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第一粒 妻が貴族の愛人になってしまった男

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【24】ルキウスⅢ

 短い期間にまた会った医師は「川に飛び込むなんて自殺行為だ」と。ルキウスに苦言を呈した。ルキウスも頷いた。川でおぼれた子供を助けようとして大人まで死んだという話は、いくらでも聞いた事があった。


 だが――あの時あの場にいた人間で、誰かが飛び込んで助けねばならないとしたら、ルキウスが飛び込むべきだった。最も命の価値が軽いのは間違いなくルキウスだから。

 ルキウスが死んだとしても、人の好いルイトポルトやトビアスらは悲しんだだろうが、ルキウスは元々異物。そのうち忘れ去られて誰からも思い出されず終わるだけだ。

 命を天秤にかけるのだとしたら、ルキウスがかけなくてはならなかった。思考の根底に、そういう判断があったのかもしれない。

 医師の診察を受けながら左目で天井を見つめ、ぼんやりとそんな事を思った。


「外傷は川の中で打ち付けた部分が打撲や切り傷。軽いものです。それらの治療はすんでいますから、大人しくしていなさい。それから肉体的な疲労がやや激しいでしょうか。安静にすればすぐに良くなるでしょう。喉は使い過ぎて痛めたのでしょう。声は出さずに大人しくしていなさい。問題は瘴気ですよ。濃くなっています。出来ればもう危険な事をしないで頂きたいのですがね……少なくとも怪我が治るまでは妙な事を考えたりしたりする事はないように。わかりましたな」


 という診察結果が下され、ルキウスは寝台の上にまた戻る事になった。


 診察の間も、ジョナタンとジゼルのどちらかが室内にいる状態が続いていた。彼らはルキウスの行動から何か変化を拾おうとしているのか、ずっとルキウスを見てくる。それがルキウスには恐ろしく、もう体は濡れていないのに震えてしまいそうだった。


 医師が出ていくと、開いたドアから声が漏れてくる。


医師(せんせい)っ、ルキウスは? ルキウスは?」


 ルイトポルトの声だ。


「問題ありませんよ、ルイトポルト様。ですが彼には安静な時間が必要です。あまり傍で騒ぎ立ててはなりません」

「ああ。必ず騒がないようにする。だから会っても良いか?」

「ええ。どうぞ」


 そんな会話が漏れ聞こえたかと思えば、ドアが全開になり、ルイトポルトが部屋に入ってきた。幼い主人は寝台の上のルキウスの姿を見て、目を潤ませた。


「っ~!! ~~~!!」


 本当は大きな声で何か言いたかったのだろう。だが今先ほど医師と騒がないと約束した手前、本当は口にしたかった言葉を必死に飲み込んでいるのが、よく分かった。ルイトポルトはルキウスの傍まで寄ると、ルキウスの手を握った。


 ルキウスの半分ほどしかない小さな手だった。ボロボロのルキウスの手と違って、多少ペンだこがあるぐらいの綺麗な手だ。


「無事で、良かった、ルキウス……っ」


 ボロボロと、ルイトポルトの目から涙が溢れる。


 ルキウスはどうしたら良いか分からない。声も出さないようにと言われたばかりのため、何か言葉をかける事も出来ない。

 ジョナタンに助けを求める視線をやったが、彼は何も言わない。

 酷く迷って、泣き続けるルイトポルトを慰めるように、そっと彼の背中を撫でていた。


 ルイトポルトは彼を迎えに来た侍女が来るまで、ずっと泣いていた。ルイトポルトはその小さな掌で涙を拭った。


「またくるよ、ルキウス」


 そう言って、少年は退出した。ルイトポルトの姿が完全に見えなくなり扉が閉ざされた所で、ルキウスはドッと疲れを感じた。これがこの後続くなんて、想像もしたくなかった。

 頭を抱えてしまったが、その時、気が付く。


(まさかあの御方(メルツェーデス)も来るのか……?)


 そんなルキウスの心を読んだように、ジョナタンは(ルキウスにとって)絶望的な事を告げた。


「メルツェーデス様はこの後、来られる」


 死刑宣告をされたように顔を白くして、ルキウスは寝台に倒れ込んでしまった。

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