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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第一粒 妻が貴族の愛人になってしまった男
22/144

【22】フーゴⅢ


「はぁ? エッダが領主様に見初められたぁ?」


 市の担当で出店を出していた従業員が血相変えて店に駆け込んできた時、フーゴは何の冗談かと思った。


 フーゴの故郷であるこの町は、“男爵様”の治める土地だ。だが男爵が暮らしている領の中心都市からは離れている。

 こんな所に領主である男爵がいるはずがない。

 そう思っていたが出店の片づけをして戻ってきた関係者は全員その話をして、当事者であるエッダもぼーっとしていた。


「お前ら騙されているんじゃないのか」

「本当です、フーゴさんっ! だってだって、馬車にゃ、マークも描いてあったっすよ?!」


 男爵の身分を騙るのは犯罪だ。かなりの重罪だ。発覚すれば、よくて速攻打ち首、悪ければ一族纏めて殺されかねない。

 それを考えれば、確かに本物と思う方が自然だろう。それでも疑っていたフーゴだったが、その後、エッダの元に男爵が通い詰めているという話が届く。

 真実かどうか妹を呼び出せば、妹は本当だと認めた。


「あたしゃ結婚してるって言っても、一目惚れだ、愛しているって……」


 そういうエッダは、今まで着ていないような上等な服を着ていた。指摘すれば、男爵からの贈り物だと言う。

 自分に対して恋愛感情を持つ男からの贈り物を身に纏う……この時点で、妹が男爵に傾いているのはすぐ理解できた。

 男爵はエッダから見ればかなり年上なのでエッダの好みの範疇ではないはずだが、やはり財力的な面や、貴族というステータスは魅力的ということなのだろう。


(エッダが……男爵の愛人になる……)


 妹が、貴族の後ろ盾を得るということだ。


 エッダは美しい。そして若い。寵愛を受ければ、もしかすれば男爵の子を孕む事もあるかもしれない。領主はそれなりに年をとっているが、未だ後継ぎがいないことは有名な話だ。


(もし、もしエッダが男爵の子を産めば)


 次の男爵は、フーゴの甥姪ということになる。

 フーゴは平民ながら、領主の伯父になる。


「お前はどうするつもりだ?」


 フーゴはあえて、そう問いかけた。エッダは珍しく、困った顔で黙り込んだ。



 ◆



 それからも、エッダの元に男爵が通い詰めているという話は聞こえてきた。

 父も母も良い顔はしない。貴族とはいえ自分たちより年上の人物であるし、貴族の情人など、相手の気まぐれですぐ立場が悪くなるような存在だ。

 フーゴは何もしなかった。

 ただ、そっと、後押しをしただけ。

 前よりことさら、ゲッツに遠方の仕事を押し付けたり。

 男爵の評判を、そっとエッダの耳に流したり。



 そしてついに、エッダは決断した。



「エッダが男爵のところへ行った!?」


 男爵家の遣いから、エッダが書いたと言う手紙を渡された父は激昂した。母は呆然として力が抜けて、座り込んだ。フーゴの妻がそれを支えている。


 まさかゲッツと別れもせず、男爵のところに行くとはフーゴも思わなかった。ゲッツを捨ててから行くと思っていたのだ。


 ゲッツはエッダにベタ惚れだった。エッダが直接、ゲッツに飽きたとか好きではなくなった、他の人間が好きになったとでも言えば、言う事を聞いただろう。

 だというのに、別れもせずに行くとは。外聞が悪すぎる。

 元々男爵に心変わりした時点で外聞がどうのというのは少しおかしな話であるのだがーーフーゴ的には、ゲッツと正式に別れてから男爵の所に行く方が、周りに説明しやすかった。

 町の人間はゲッツがエッダをどれだけ真摯に愛していたかを知っている。それを捨てたとなればエッダの評判は悪くなるし、フーゴがそれを後押ししたと噂になれば、店の評判も悪くなるだろう。


 怒る父を尻目に、フーゴは部下に話して町に噂を流した。エッダが男爵の元に行った事はそのうち知れるだろう。今まで男爵が通い詰めていたのだから。だが今はまだ、エッダのごく身近な人間の間での噂のはず。


 大事なのは、噂の流れる順番だ。

 エッダが浮気をした。その噂が町全体に広まる前に、ゲッツの悪評を立てればいい。

 ゲッツはフーゴの仕事を引き受けてほとんど町にいないし、ゲッツが勤めている所も、大口顧客であるフーゴたちを蔑ろには出来ない。


 フーゴの策略はうまくいき、町全体にはゲッツが悪者という雰囲気が漂った。それを信じていない者がいたとしても、大きな声でなければ問題ない。


 そしてついにゲッツが帰ってきた。ゲッツは男爵の家来に殴られたのか酷い顔になって、フーゴの元へとやってきた。


「ゲッツ……」


 最悪だ。ゲッツには悪人でいてもらわねばならない。だというのに、今の憔悴したゲッツはどこからどう見ても被害者でしかなかった。


「フーゴ。エッダが……エッダが家にはもう帰らんと」

「二度と我が家に来るんじゃねえ! よそで女こさえて子供まで作ったらしいなぁ!」

「何、何言ってるんだ!? そんな事してねぇ!」


 目の色を変えて否定するゲッツ。そうだろう。女をこさえる時間なんてない程に、フーゴはゲッツに仕事を任せていた。ゲッツはフーゴから頼まれた期日を守ろうと、いつだって仕事をしていた。


「エッダがどんだけ泣き暮らしたと思ってやがる! やっぱお前みてぇな、外に行かなきゃ女一人養えねぇやつにエッダをやるんじゃなかった!」


 ちょうどよく、町の人間が騒ぎを聞きつけて集まっていた。

 フーゴの言葉を聞き、人々はゲッツに罵声を浴びせる。それに耐えきれなくなったのだろう。ゲッツは悲しげな顔をして、逃げ出した。


「フーゴっ、お前、なんて事をしてるんだ!!」


 フーゴの工作に気が付いた父は激怒した。

 父は亡くなっている命の恩人の子であるゲッツを気に入っていた。そのゲッツを嘘で貶めようとしている息子と、ゲッツを裏切って男爵の元に行った娘にひどく失望したようだった。


 だがもう、今のフーゴには父からの失望など、どうでもよかった。


「親父。あんたには店の(トップ)を退いてもらう」

「なんだと!?」

「こんな田舎でちまちました商売しかやりたがらないあんたじゃ、そのうち店を潰しかねないだろ? 安心してくれ、育ててもらった恩を仇で返したりしないさ。男爵からの紹介で、よい別宅を手に入れたんだ。自然豊かで、のんびり余生を探すのにピッタリだ。俺は恩知らずじゃないからな」


 物はいいようとはこの事だろう。

 まともに人もいない、山の中の寂れた村にある家だ。足を悪くしている父では、一人で山を降りる事も出来ないだろう。

 青ざめる父親を、男爵から借りた使用人たちに頼んで馬車に押し込んでもらう。

 当初は父親同様エッダの行動に反対していた母親だったが、男爵はゲッツより遥かに力を持っている事を理解し、エッダ自身の意思で着いて行ったと分かってからは、エッダやフーゴの行動を受け入れてくれている。だから母は別宅には送らない。嫁や孫の事に不安もあるので、フーゴの手が回らない所で力を貸してくれる人がいるに越した事はない。


 こうしてフーゴは先祖代々続けている店を継いだ。



 ◆



 それからのフーゴは順風満帆だった。

 故郷の店は一号店として残しておくが、二店舗目を別の町に出す。男爵の伝手を使い立地の良い土地を押さえ、綺麗な建物にそれなりに顔の良い従業員を集めると、男爵御墨付の店だという噂でも回ったのか、面白い位人が集まった。

 二店舗目が成功したら、次は三店舗目を作る。面白い位、フーゴが店長となっている店は大きくなっていった。

 ……本来であればそれぞれの町にそれぞれのコミュニティがあり、これほど簡単に店を広げる事は出来ない。だがそこは、男爵の寵愛を受ける妹の力を借りれば、簡単に解消できる問題だった。度々文句を言いに来る人間もいたが、そういう奴には男爵の影をちらつかせた。彼らも領主の伝手を持つフーゴの怒りを買いたくはないと、二度三度と口出ししてくる事はなかった。


「まだだ。もっともっとだ!」


 やっと出来上がった真新しい、四つ目の店の前で、フーゴは大きく腕を広げて笑った。


 ここには元々、料理を出す店があった。古汚らしい小さい店を、とある一家が営んでいたのだ。

 建物はそのままは使えない。だがともかく立地が良い。町の中心部に近く、人通りが多い道に面している。だからこそあんな古臭い料理屋でも今までやってこれたのだろう。

 家族が数年暮らせる金額を出して土地を売るように一家に言ったが、一家は拒否した。先祖代々暮らしている土地を手放す気はないと。仕方ないので、フーゴは妹に手紙を送った。数日後には、一家はどこかに消えてしまった。そして持ち主のいなくなった空き家をフーゴは買い取り、家を取り壊して店を作り直したのだ。


「もっと大きくしてやる。もっと、もっと!」


 フーゴは下品な声で笑った。

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