【2】ゲッツⅡ
ゲッツは事の騒ぎを隠れてみていた近隣住民によって、老医者へと連れていかれ、治療を受けた。
その老医者の家で、ゲッツは住民たちから何が起きたかを聞いた。
「ほら、エッダさん、市の時に実家のお手伝いをしているじゃない。そこを男爵様が見かけて、見初めたのよ」
「男爵様に言われたら断れないでしょう? それに、ほら……ゲッツさんってば、いつもお家にいないし……」
つまりは、ゲッツが出稼ぎで留守にしている間に男爵に見初められて、そのまま男爵の愛人になったと……そういう事だった。ゲッツは呆然としながら、痛む右目を押さえて家へと帰った。
屋敷の中はよく見ると埃っぽく、エッダはこの家に暫く帰ってもいなかったのだろうというのが簡単に想像出来た。
ゲッツとエッダが結婚したのは、五年ほど前の事である。
ゲッツの家族とエッダの家族は父親が飲み屋で意気投合して親しくなった。それをきっかけで二人は出会ったわけだが、ゲッツはエッダに一目惚れした。
エッダは貴族の血を引いていたのだろう。まるで星のような煌めきの青灰の瞳も、青色の髪も、宝石のようで美しかった。
ゲッツは幼い頃から何度もエッダに繰り返しアタックした。最初はゲッツに素っ気なかったエッダも、次第に態度を軟化させた。そしてゲッツが十六、エッダが十五の時に親の後押しもあって結婚した。
ゲッツは父と同じで、運搬業に従事していた。二人が生まれ育った町は巨大ではないが、土地の立地の関係もあり地方から荷物を集める場所となっていた。そこから更に王都へと荷物を届けるのだ。
時には危険な目に遭う事もあったが、荷物を無事に届けさえすればそこそこの金を得る事が出来たし、需要がなくなる事も殆どない職だった。
ただ、その代わりに殆ど家にいれないのが悩みだった。
エッダは美しい。だから他の男が自分のいない間にエッダを手に入れようとするのではと若いゲッツは不安になった。そんなゲッツに、新妻だったエッダはカラッと笑った。
「アタシがアンタ以外にこの体を許すわけないだろ! アンタの帰る家はキッチリ守ってやっから!」
そんなエッダを信頼し、ゲッツはあちらへこちらへと荷物を届けた。王都に行った時はエッダに髪紐を持ち帰ったり、羊毛の服を買ってやったりした。
エッダはエッダで、実家である商店の手伝いをしたり、ゲッツの母親と親しくやっていたらしかった。
幸せな生活だったのに。……ついさっきまで自分は変わらず幸せだと信じていたのに……。
一年前、ゲッツの父親が前々から悪くしていた胸が理由で亡くなった。母は父が死ぬとめっきり弱り、ひと月後には後を追うように逝ってしまった。落ち込むゲッツを、エッダはあれだけ慰めてくれたのに。
「アンタにはアタシがいるよ。死ぬまで一緒だよ」
そう言ってくれた言葉は……何だったのだろう。




