【160】勧誘騒ぎ
ルキウスはその後、舞台にもう一度下ろされる――事はなく、そのまま、ピジョンブラットルビー伯爵家の人々が使う裏通路から外に出された。
階段を下ろされなかった理由が「過去、興奮した観客たちが観客席を飛び降りて、優勝者をもみくちゃにした事があるから」と聞いて、ルキウスはゾッとした。
(観客席とかって、人間二人分ぐらいの高さあったよな……?)
それを平然と乗り越えてくるルビーの血族の者たち。
彼らが複数人かけてきて、囲まれる。
(想像しただけで怖い)
そんな事を思いながら、一人、廊下を歩いていく。とりあえず進めば出られると言われて、その通りに歩いている。
手にはルイトポルトから賜った自分の弓と、今しがたピジョンブラットルビー伯爵から賜った弓がある。
(もはや、自分より手に持っている弓二本の方が価値がある状態だろこれは)
と、口に出来ない思いを心の中でつぶやきながら歩いていくと、外に出た。どうやら大会の会場の、裏側のようであった。
表側の方からは帰宅する者たちの声が響いているようだが、遠いので、ルキウスが今いる裏側の部分まではハッキリとは聞こえてきていない。
これだけ遠ければ、誰かに急に囲まれるなんて事はなさそうだと、ホッと息をついた所で、「ルキウスーー!」という、聞きなれた声が聞えて来た。
「ルイトポルト様」
「ルキウス、ルキウス、ルキウスッ!!!」
遠くからかけてくる少年の顔は赤く色づいていた。赤い目は――ルビーの血族の者たちのものより暖かさのある赤だ――キラキラと太陽の光を映しながら輝いている。その後ろには、追いかけてくるトビアスとオットマーの姿が見えた。他の人の姿はない。
「ルキウスっ! お前は凄い、凄い、本当に凄いっ! ルビーの血族の武術大会で優勝してしまうなんて、しかもあの、プロェルス・ビーフブラッドルビー子爵を破って優勝するなんて!」
興奮したまま叫ぶルイトポルトの姿は、普段の凛々しい若主人ではなかった。年相応の、立場を忘れて興奮する、少年にしか見えず、微笑ましい。ルキウスは、目尻を下げながら答えた。
「ルイトポルト様と、ブラックオパール伯爵家の皆さまのお陰です」
「何を言う。優勝したのはお前だ!」
「ルイトポルト様方の気遣いがなければ、きっと優勝もなかったのです」
騎士でもない自分が、弓の練習をする時間を与えられた。
そして必要なものも全て伯爵家が用意してくれて、大会に参加した。
(恵まれている。いや、恵まれすぎている。……こういう時は気を付けないと、嫌でも奈落に突き落とされるって、父さんも言ってたな)
プロェルスとの会話で父を久しぶりに思い出したからか、父がお小言染みながら語っていた言葉を、つい思い出した。
気を付けなければと自戒するルキウスを、トビアスやオットマーも肩や背中を軽くたたき、称えてくれた。
「見つけましたわ!」
「!」
そこに、突然、知らぬ声が割り込んできた。
全く聞き覚えのない女児の声に、ルキウスもルイトポルトたちも、声の方向を振り返った。
人気のない大会会場の裏手の場所に、一人の幼い貴族の令嬢が立っていた。
目を引く真っ赤な髪。真っ赤な目。どちらも血のように赤い。ルビーの血族の貴族である事は、明らかであった。
キツイ印象を与えるツリ目の少女は、ルイトポルトたちより少し年下くらいであろうか。社交界デビューがすんでいるか、いないか、という年ごろである。
着ている服は目立つ遊びのないシンプルよりのデイドレスだが、その分、大粒の紅玉の首飾りが目立っている。
少女の斜め後ろには、一人の騎士が立っていた。
こちらも赤髪に赤い目の騎士である。ルビーの血族の、騎士だろう。帯剣していて、警戒心を与えない為か、表情はニコニコと笑っている。
たいして鍛えていないルキウスでも、この騎士がとてつもない手練れだと分かった。何せ、彼に気が付いた途端に、空気が重くなった。何か殺気を放っている訳でもないのに、存在だけで圧迫感を感じる。
ルイトポルトの護衛としてこの場にいるトビアスとオットマーの雰囲気も、一気に張り詰めたものに変わった。
「……失礼。どなただろうか」
最初に動いたのは、ルイトポルトだ。
一歩前に出て、従者を庇うように立つ。本来逆であるべきだったが、相手が貴族の令嬢であるのなら、ルイトポルトが対応する方が話が早いと判断したようだ。
そんなルイトポルトに、少女が視線を向けた。どうでもいい。そう目が言っている。
「まあ、私を知らないの?」
「申し訳ない。どこかでお会いした事があっただろうか?」
「ないわ。アナグマのように領地から出てこないオパール三家の方々との交流なんて、ないわ」
「……」
唐突な侮辱に、ルイトポルトが目を細める。
傍に控える騎士が「あー……」と、なんとも言えない顔をしながら声を漏らしていた。
それに気が付いていないのか、無視したのか、
「それより」
と、少女がルキウスを見る。
ルイトポルトに向けられていた瞳の冷たさがなくなり、先ほどまでのルイトポルトのように、目を輝かせてくる。
「貴方。ブラックオパール伯爵家のルキウス! プロェルスおじ様に勝つなんて、なんと素晴らしいのかしら!」
近づいてきた少女は、真っすぐに人差し指を、ルキウスに向けた。
「私の専属騎士にしてあげる!」
言ってやったとばかりに満足気な少女。
すん、と珍しく表情が消えるルイトポルト。
対照的な少年少女を見下ろしながら、ルキウスは眉尻を下げた。
「……ありがたいお言葉ですが、お断りいたします」
「何故!?」
「私は、ルイトポルト様の専属ですので」
ひどく驚いた声を上げる少女は、信じられない! という顔をしてルキウスを見上げている。
「私が専属騎士に選んであげると言っているのよ!?」
「えぇと……」
現状、ルキウスからすれば、少女は誰か分からない相手でしかない。貴族だし、無遠慮に失礼な態度は取らないが、彼女の存在が主人を変えるほどの価値があるものだとは、思えなかった。
「こほんこほん」
少女の背後にいた騎士が、咳払いをしてから、口を挟んでくる。
「お嬢様。初対面の方々では、お嬢様がどなたか分からないのは当然と思いますよ。この方々はルビーの血族の方ではありませんから」
「そ、それはそうね」
騎士の言葉は比較的素直に聞くようで、少女は腰に手を当てて、胸を張りながらこう名乗った。
「私は仁愛の精霊と契約を結びしルビー侯爵が娘、ブリュンヒルデよ! 改めて言うわ。ルキウス! 貴方の素晴らしい弓の腕、私の下で振るいなさい!」




