【158】弓術大会Ⅵ
プロェルスとルキウスは互いに何もしゃべらず、結果の発表を待っていた。
ピジョンブラットルビー伯爵は、的を見ている。真剣な顔つきだ。横から、使用人が指をさし、何か言っている。カールフリートが顔を紅潮させているのまでは、遠くで見ている者たちでも分かった。
伯爵は立ち上がり、全体に聞こえる声を上げた。
「――皆の者。まずは、最後まで戦った二人の勇士に、祝福を!」
拍手が会場に鳴り響く。プロェルスが恭しく、騎士らしい動きで頭を下げているのを見て、真似するように、ルキウスも周囲に頭を下げた。
拍手が落ち着くと、伯爵は横に手を向けた。そこには、的を掲げている使用人がいる。
「そして、勝者についてであるが――」
掲げられた的を見て「やはりプロェルス卿か」と言う声が上がる。けれどそれを無視するように、ピジョンブラットルビー伯爵は喋り続ける。
「この的には、矢が刺さっている。プロェルス卿の放った矢だ」
ルキウスは落胆もなく、聞いていた。落ち込むべきなのだけれど、なぜかそういう感情が湧き出て来なかった。
今はただ、山を登り切った後のような、達成感だけが胸を満たしていた。
その達成感にだけ浸ってもいたいが、それよりも先にすべきこと――勝者を称えるという段階がある。横のプロェルスの顔を見上げて、拍手を構えたルキウスだったが、伸びてきたプロェルスの手によって、拍手は阻止された。
(プロェルス様?)
プロェルスはルキウスに視線だけよこすと、そのまま顎で、ピジョンブラットルビー伯爵の方を示した。
(あ……まだ話の途中だったか)
主催者の話を遮ってはいけないと教えてくれたのだろう。ルキウスはそう理解し、また視線を上に上げる。
プロェルスを湛えようと、声を上げ、拍手をしようと手を上げる者たちは、何もルキウスだけではなかった。観客席にいた人々も早速勝者を湛えようと、手を上げ、数回、手をはたいた。
が。それを遮る大声が、ピジョンブラットルビー伯爵の口から飛び出て来た。
「――とても素晴らしい矢だ!」
拍手した者たちを止めるかのように、伯爵の声が響く。出鼻をくじかれたものたちが、何なのだと伯爵を見た。
勝者を称えるための拍手を止める意図が分からず、観客席に困惑が広がっていく。
多数の人間から視線を向けられてなお、ピジョンブラットルビー伯爵の立ち姿は堂々としたものだった。同時に、彼の声は愉し気なものだった。
「見たまえ。プロェルス卿の矢は、的だけでなく――矢じりまでも、まとめて射貫いている!」
階段を新しい使用人が駆け上がって来て、手に持っていたものを高らかに掲げた。
それは、矢じり部分が壊れてどこかに行ってしまったような形の、一本の矢だった。矢羽根は、赤と白が交互になっている。
「説明を加えよう。事前に、分かりやすいよう、プロェルス卿が使う矢の羽は赤一色。ルキウス卿が使う矢の羽根は赤と白の二色の物を渡していた」
気付く者は気づいていたが、ルキウスは全く気が付いていなかったので、腰の矢筒に入っている矢を確認してしまった。確かに、残っている矢の羽の色は赤と白の二色に分かれていて、プロェルスの腰の矢筒に残っている矢の羽は赤一色だ。
「……?」
ピジョンブラットルビー伯爵の言葉の意味がすぐには理解できず、ルキウスはとりあえず、視線を伯爵に向け続けた。達成感が大きすぎて、いまいち、頭が動いていなかった。
直接的ではない言葉に、理解がすぐに追いついていないのは、観客席も同じだった。
「え、どういうこと?」
会場全体が、少しずつ、ざわめきに覆われていく。
「今矢じりも射貫いてるって言ったぞ」
「横の使用人が持っているのは折れた矢という事よね。羽の色は二色だわ」
「つまり?」
プロェルスの矢が、別の矢の矢じりごと、的を射貫いている。その別の矢の羽は、二色に分かれている。
そう言っているのだと、話が広がっている。
「なら――先に的に中ったのは?」
人々の視線は、伯爵と、ルキウスとプロェルスの二人を、行ったり来たりする。
外野のざわめきを無視するように、伯爵は、プロェルスを見た。
「異議は唱えるか?」
プロェルスはニカリと歯を見せて笑った。
「唱えませぬ。自分の放った矢がどこに刺さるかも、見ていました故」
「流石だ」
プロェルスにそう言ってから、ピジョンブラットルビー伯爵の視線が横にずれる。真っ赤な瞳が、遠いにも関わらず、真っすぐにルキウスを突き刺すように見ていた。その視線の鋭さに、ルキウスはドキリとした。
それから伯爵は、会場全体を見渡し、両腕を大きく広げた。
「此度の勝負は決した。今大会の優勝者は――ブラックオパール伯爵家のルキウス!」
一拍置いた後、会場に響いたのは、大地を割るような歓声だった。




