【157】弓術大会-観客席にてⅣ
ブラックオパール伯爵家
観客席は、静かだった。
本来ならば勝者を湛える歓声が上がる所が、静かだった。何故か。
判別できなかったのだ。
どちらが勝者か、一目では分からなかった。
試合は、驚くほどに拮抗して進んでいた。
プロェルスとルキウスは共に、まるで日常の道を歩くかのように横に移動しながら、矢を放っていった。
矢が的に中る速度はほぼ同時だった。違いは、的が残っているか、破壊されているかの差だけだった。
プロェルスの放った矢は、一射目から力が入っており、一本目の的から、破壊していた。
ピジョンブラットルビー伯爵家側が、プロェルスの力を見越して、プロェルス側の的だけ鉄製にしていなかったら、しっかりと的に当たっているのかの判別も出来なかっただろう。
とはいえ、的部分より脆い木製の首部分は完全に破壊され、的は、よくて地面に落下。中にはその後ろにある壁に的ごと縫い付けられたりしていた。
そんな的が、端から十二本。
それと中央の一本。計十三本の的が、首が壊れて、落ちている。
なので中央の的の木製の首を折って壊したのはプロェルスだと、誰もが分かる。
「勝ったのは――」
一方、ルキウス側の的は、破壊にまでは至っておらず、全て残っている。一番端から、中央の横まで、十二本。
すべての的の中央に矢が刺さっている。少し前までの不安定さがどこかに消えたかのような、正確な矢の軌道だった。
しかし、ルキウスが放った矢は十二本だけでなかった。
お互いにとって十三本目にあたる矢。
それを放ったのはプロェルスだけではなかった。ルキウス側も放っていたと、観客たちは気が付いていたのだ。
故に、混乱した。
「的は壊れている。あたったのはプロェルス卿のだろう」
「だが、眼帯の方の矢が見当たらないぞ」
「十三本目にして外したのでは」
「ではその外れた矢はどこにいった?」
「勝ったのは――どっちだ?」
近くて見なければ、注視していなければ、状況が分からない。そんな状態だったのだ。
審判たちもそうなのだろう。即座の判定は出ず、皆、落ちている中央の的に集まり、何かを話している。
ブラックオパール伯爵家の観覧席で、ルイトポルトは共に来た者たちを見た。
「い、今のは、ルキウスも矢を放っていたよな?」
「ええ。確かに、十三本目を放っているのが、見えました」
トビアスが頷く。
いつの間にか、身を乗り出すようにして試合を見ていたジビラが、困惑した声で言う。
「でも、ルイトポルト様。中央の的には、赤い矢羽根の矢しか見えません……」
「いやジビラ違う。そもそも試合はここで渡された矢でしているから、プロェルス卿もルキウスも、どちらもピジョンブラットルビー伯爵家が用意した矢を使っている筈だ。どちらの矢が刺さっていても赤い矢羽根の筈だ」
矢羽根の色では判断できないと、レヒタールが突っ込む。
兄姉の会話を聞いていたノイバーが、問う。
「まけたのですか、ルキウス」
ノイバーの言葉に、席は静かになる。
誰も答えられなかった。
負けたとしても、それを口にして、確定する事を避けていた。
「あっ、的が……伯爵様の御席に持っていかれます」
レヒタールの言葉に、皆の落ちた視線が上がる。確かに、中央の的を、使用人がピジョンブラットルビー伯爵家の席にまでもっていっていた。主催者の席のみ、直接上がれる階段があるので、そこを使って運んでいる。
ジビラの言葉通り、的に刺さっている矢は一本だけだ。
「勝ったのはプロェルス卿か」
「やはり彼は強いな」
「いや、あの眼帯の者も良い勝負だったぞ」
と、離れた席で会話しているのが、ブラックオパール伯爵家の席まで聞こえてくる。聞かせるつもりはないのだろうが、声が大きいので、筒抜けだ。
ルイトポルトは俯いて、ぎゅっと手を握りしめた。
そんな彼を、インゴが咎めた。
「ルイトポルト様。顔をお上げください」
「インゴ……」
「貴方は主人です。ここまで戦った、ルキウスの。貴方が俯いては、誰がルキウスを褒め称えるのですか?」
ハッとして、ルイトポルトはルキウスを見た。ルキウスはまだ立っている。その姿に悲壮感はなく、真っすぐに、ピジョンブラットルビー伯爵の方を見つめていた。
「っ」
ルイトポルトは恥ずかしくなった。負けたと、周りの視線を感じたくないと、俯いてしまった事を。
目元を袖で拭い、ルイトポルトはしっかりと前を見た。結末を、見届ける為に。




