【14】エッダⅡ
いつもの如く、男爵と熱い熱い夜を過ごし、ついでに兄の事をおねだりした。
そして次の日の午前中、エッダは別館を訪れていた。
ここに正妻はいるというが……さてどこだろうか。別館に足を踏み入れても、出迎える使用人はいない。そういう事をするために常駐している使用人すらいないという事だった。いてもせいぜい、下働きの下人ぐらいで、彼らは主の前には出てこない。
「ちょっとあんた、あの女を呼んできてよ」
あの女のためにわざわざ自分が出向くのは嫌なので、連れてきた侍女にそう命じる。侍女は頭を下げ、屋敷の中を探しに行った。エッダは近くの適当な部屋に入り、侍女が帰ってくるのを待った。
暫くしてから、正妻が入ってきた。
正妻の服は極めて質素な、黒単色のワンピースであった。それに、肩からオレンジのショールを羽織っている。
ちらりとエッダを見た正妻は、何も言わず部屋に入り、腰かけた。後ろからついてきた侍女はエッダの侍女なのに、彼女に椅子をひかせ、まるで自分の侍女のように扱っている。
それにイラッとして、エッダはテーブルを叩いた。
「ちょっと。お茶やお菓子ぐらい出してくんない?」
正妻は顔色一つ変えぬまま、横の侍女に命じた。
「貴女。用意して頂戴」
「えっ」
侍女が固まる。当然だ。だってその侍女は正妻に仕える侍女ではなく、エッダに仕える侍女なのだから!
「ふざけんなよ! そいつはアタシの侍女よ?! アンタが淹れなさいよアンタが!」
「まあ。何故?」
正妻は首を傾げる。
「アタシは客なのよ!?」
「あら。招いてもいないのに押しかけてくるような図々しい者が客とは……平民の常識は、わたくしには分かりかねる事ですわ」
「ハァ!?」
握りこぶしを二つ作って、エッダは机をダンッと叩いた。
「アンタ……アンタ、自分の立場分かってンの!?」
エッダは男爵の寵愛を受けている。対して、正妻は男爵から軽んじられ、こんな別館に、まともな使用人一人つけずに追いやられて生活している。
立派な服を着ているエッダに対して、正妻は質素な服を着ている。
だというのに、嫉妬も羨みもなく、こうも堂々としている理由はなんだ?
エッダには理解できなかった。
ギリギリと歯ぎしりしながら正妻を睨みつける。しかし正妻は怯えるどころか、ため息をつく。
「本当にあの男は女を見る目がない……」
正妻の言葉にカッとなり、エッダはこぶしを振り上げ、正妻を殴った。侍女が悲鳴を上げるが、正妻は殴られてもたいして表情を変えなかった。
「本当に、見る目のない男」
正妻はエッダの事なぞ見ていなかった。エッダ越しに、ただ、男爵を見ていたのだ。エッダは相手にもされていなかった。
何かが、そっと背中を這う。
エッダは侍女たちに「帰るわよ!!」と叫び、別館を出てきた。
不愉快だった。目の前にいる人間を見ようともしない正妻の態度が。
同時に恐ろしくもあった。あそこまでされて目の前の人間を見もしない正妻が。
エッダは本館に帰ると、執務室に駆けた。そして仕事をしていた男爵に飛びつき、正妻を何とかしてくれと訴えた。出来れば離婚して自分を本当の妻にしてほしかったし、そうも訴えたが、男爵はそれに関しては良い顔をしなかった。
「あれとは離縁出来ぬ。色々あるのだ。貴族にはしがらみが多いのだ。分かってくれ、エッダ」
そう言われては仕方がない。
だがもう別館という、見える距離にあの女がいるのもおぞましかった。せめてエッダから遠い場所に追いやってくれと訴えれば、その願いは通った。
正妻は男爵領のどこかにあるという、別宅へと移された。
そして正妻がエッダの近くからいなくなった途端、エッダの妊娠が発覚した。屋敷の者たちはこれまでは正妻の呪いで子供が出来なかったのではと囁き合い、それから、エッダの妊娠を喜んだ。




