表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第四粒 ルイトポルト、貴族学院へ ~1年目~
138/139

【135】ピジョンブラットルビー伯爵家主催・弓術大会に向けて

 ルキウスが弓術大会に参加すると決まるや否や、領地から飛んできた男がいる。


 イザーク(弓の師)である。


「こちらにいれる時間はそう長くない。ルイトポルト様と伯爵家の名を背負うのだ、絶対に下手な結果は許されない!」


 と、イザークはインゴやルイトポルトから許可を取り付け、ルキウスから侍従見習いとしての仕事を全て取り上げた。そして、ルキウスが持つ事を許されたのは弓にまつわるものだけとなった。


 そうして朝から晩まで、弓術に関わる事だけをする生活が一週間ほど過ぎ、イザークは予定通りの日程でまた領地に帰る事となった。


「今日までに教えた事を毎日するのだぞ。いいな!」


 そうルキウスに鼻息荒く訴えた後、イザークは去っていった。

 まるで嵐のような男である。


 イザークが帰った後はさすがに、ルキウスも弓術のみにかまける訳にはいかない。一日の時間の最大を弓術に費やす事は許されたが、今まで通りの侍従としての仕事も降りかかってくる。

 目が回るように端からは見えていたし、あまりの責任の重さに憐れむ同僚たちもいた。が、ルキウスは大会への参加はさておき、侍従の仕事をしながら弓術に取り組む事には、そこまで後ろ向きではなかった。


 集中力が削られる事による疲弊は、確かにかなりのものである。

 だがその疲弊により、要らぬ不安を抱える暇もないのも事実だ。夜、ベッドに倒れ込んだら、朝決められた時間まで夢を見る間もないほど深く寝入る。そんな生活を繰り返すのは、さほど悪くはなかった。



「……あー。ルキウス? それも、イザークから言付かった鍛錬か?」

「はい」


 上下さかさまになっているトビアスの顔を見ながら、ルキウスは頷いた。

 トビアスの顔が上下さかさまに見える光景は、見覚えがある。彼に鍛えられている際に地面に寝転んだルキウスの顔を、トビアスが上から見下ろされた時に、似た光景になる事は多かった。

 だが、今は全く別の理由で、トビアスの顔は逆さまになっている。

 その理由とは、ルキウスが、木の枝にぶら下がっているからだ。

 重力に従い、髪の類は全て下に向いている。服も、シャツの裾をズボンに入れ込まなければ、腹を出す事になっていただろう。


「随分とまあ……何用の鍛錬なんだ?」

「分かりません」

「分からないでやっているのか……」

「恐らくですが、どのような体勢でも弓を放てるように……だとは、思うのですが」

「実戦用が過ぎないか……? というか、実戦でも使えるのか、それは。木の上から撃つことになるとしても、普通に枝の上に座る体勢で十分なのでは?」


 ルキウスもそんな気がする。


「全てがこのような鍛錬ではありませんので……基本的には、基礎的な指示が多いのです」


 たまに、今回のような突飛な指示が混ざっているのは否定できないが。


「それで、何か私に御用でしょうか、トビアス様」

「ん? ああ……要件と言えば要件なんだが……。コェストラーには頼んでいるのだが、大会前に色々とお前に合わせなくてはならない品があるからな、その合わせの日程の調整が入るだろうから、頭に入れておいてくれ」


 ルイトポルト付き使用人のリーダーでもあるコェストラーに話が通っているという事であれば、ルキウスも否はない。

 だが、大会に向けての合わせというのが、なんのことか分からず首を傾げた。


「あの……合わせ、とは?」

「装い一式に決まっているだろう」


 ルキウスはそっと目を閉じた。

 そのルキウスの顔に、トビアスは笑う。


「そろそろ、多少堅苦しい事にもなれろ? 今回はルイトポルト様がご命令になっての参加だからな、新しくそろえる装いは全て伯爵家から用意される事になる。もう少し、新しい服が無償で増えると喜んだって良いだろうに」

「伴う責任が大きすぎます」

「ハハハッ! ……まあ、今回は否定しないが」


 普段であれば「そこまで気にしなくてよい」と口を出してきそうなトビアスの言葉にルキウスは、一番関係の長い騎士を見つめた。トビアスは普段の朗らかな表情はそのままであるものの、どこか纏う雰囲気が重くなっていた。


「大会に参加するのは大半がルビーの一族だろう。それ以外に、弓の腕に自信がある者が多く……下手をすれば、王国中で予定が合うものは全て集まってくる可能性もある。そんな大会に、ブラックオパール領からただ一人参加する訳だ。……な?」

「……理解しております」


 下手な結果を示す訳にはいかない。だからこそわざわざ伯爵領からイザークが飛んできたのだ。ルキウスもよくよく、そのあたりは理解している。


「すまないな。ルキウスにこのような釘さしは不要とは思ったが……あれこれと他にも口を出してくる者も、少なからずいるだろうから、先に言わせてもらったよ」


 そう喋るトビアスは、先ほどまで纏っていた重い空気はなくなり、いつもの明るく爽やかな青年に戻っている。


「もし何か言ってくる者がいたとしたら、十分に私から重要性は伝えられているとでも言えばいい。私の方でも、騎士達にはすでに話をしたと伝えておくがね」


 どうやら、先ほどの言葉はルキウスに言い聞かせるという事よりも、周囲に見せるためのものであったらしい。


 それにしても。


(やはりインゴ様とご兄弟だな……)


 顔立ちが激似という訳でもないのだが、先ほどの圧のかけ方はなんとも似ていた。

 逆さまのまま、しみじみとそう思うルキウスであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 なんだかんだ気にかけてもらっていますねw  程度の差こそあれ皆ルキウスを受け入れて気に入ってくれているのでしょうね。  良い悪いではなく元の生活とはまるで違う世界ですねえ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ