【128】ルイトポルトの学生生活Ⅳ
落ち込んだ様子で帰ってきたルイトポルトから事情を聞いたメルツェーデスは、ニコリとほほ笑んだ。
「確かに柔らかすぎたかもしれないわね。最初からルイトポルトの志を伝えて、これ以降過度の接触は控えるように、と言い放って良かったでしょうね」
「けれど、これ以上分家との溝を作るのはいけないかと思いまして……」
「分家との溝に関する問題は、何もルイトポルト一人が解決せねばならぬ問題ではないわ。それに……学院生活だけが、貴族の社会ではないでしょう」
メルツェーデスはそういうと、侍女ジゼルに何枚もの便箋を用意させた。
「これは?」
「以前話していたでしょう?」
「あ……茶会ですか?」
「ええ」
ルイトポルトとメルツェーデスの二人で、王都に行った後にする事として予定されていたのは、茶会。つまりは、他の貴族家との社交である。
「まだ若いルイトポルトが最初に開く茶会として年の近い分家の子女との交流を目的としたものというのは、何もおかしくはないわ」
つまり、分家の者たちが暴走した原因となるルイトポルトと距離がある点を、学院外で解消しようという事らしい。
「茶会を開けそうな日程はこちらで既に何日か考えています。本日中に、茶会へ誘う手紙をこの問題に関わっている……いいえ、貴族学院に在学している全ての分家の子女に、茶会へ誘う手紙を書くのです」
「全て、ですか?」
「ええ。茶会に誘われれば、その場にいた子女にとっては分家を蔑ろにしようとしている訳ではないのが本心であると伝わるでしょう。……そして、分家の子女は今回の騒ぎに加担してしまったものだけではない。レヒタールたちの言葉を聞き入れて、貴方の迷惑にならないようにと動いていた者たちもいるでしょう。彼ら、彼女らから見て、『迷惑になったとしても付き纏っていた方がよかった』と思うような状態にしてはいけないわ」
メルツェーデスはジゼルが持ってきた新たな書類を用意する。
その書類は、三つに分かれていた。三つの中では一番分厚い書類、薄い書類、中間ぐらいの分厚さの書類の三種だ。
「事前に、レヒタールたちから得た情報に加えて、こちらでも調べた限り、今日まで、止められても貴方に付き纏っていた分家の子女はこちら」
と、一番分厚い書類を指さし、
「そして最初は付き纏っていたけれど、善意の第三者の言葉でそれ以降の行為を止めた子女は、こちら」
と、一番薄い書類を指さし、
「そして最初から節度を守り、必要に応じて貴方から求められれば対応をしようと動いていた者。迷惑行為に加担する者を止めようとしていた子女が、こちら」
と、中間ぐらいの分厚さの書類を指さした。
「手紙の文面はこの三種で変化を持たせますが、茶会への招待そのものは皆平等に行うわ」
「分かりました」
と頷きながら、ルイトポルトは困った顔をする。
「けれど……顔と名前は一致しておりますが、この人数を私一人でもてなすのは、その、あまり自信がありません」
「勿論、私も貴方と共にもてなします。日程によってはヘーゲン叔父様や、インゴたちにも出てきてもらいましょう。……それに、流石に皆を一度には招かないわ」
クスクスとメルツェーデスは笑う。
「最初は、男女で分けたらどうかと思っているの」
「なるほど」
確かに男女で分ければ、ざっくり二分の一ぐらいの人数にはなる。
「それに、茶会の日に予定があるものもいるでしょうから、万が一に不参加になってしまうものには、『後日、今回の茶会に不参加だった者を対象にして新たな茶会を開くので、気兼ねなく知らせてほしい』と補足しておけばよいわ。そうすれば人数の分散にもなるでしょう」
「確かに元々あった予定を無理に変更してもらうのは申し訳ないので、そのようにしたいですが……人数の分散にはそこまでならなさそうですが」
「そうでもないわ。こう記しておけば、用事がある訳ではないけれど、意図的に後者の茶会に参加しようと考える者もいるでしょう」
「何故です?」
普通に考えると、少しでも早くルイトポルトと関わりたいと思って対応しそうなものである。甥の疑問に、叔母はほほ笑みながら答えた。
「最初の茶会に人数が集中した場合、結局ルイトポルトとあまり話せないかもしれないでしょう? そうであれば、後から行われるだろう小規模の茶会に参加をした方が、貴方と話す機会が増えるかもしれない。……と考える者もいるでしょうから、全てが全てではないけれど、ある程度の人数は後者の茶会に参加する事を選ぶかもしれないわ」
「成程!」
ルイトポルトは納得した。そうして、メルツェーデス、ヘーゲンらと共に日程を固めて、大急ぎで分家の学生たちへと、茶会の誘いの手紙を出すのであった。
メルツェーデスの予想通り、分家の人間の参加希望日は良い感じに分かれた。四回に分けて行われた茶会にて、ブラックオパール伯爵家でルイトポルトとメルツェーデスの二人は分家の令息、令嬢らをもてなしたのだった。
この茶会は少なくとも表向きとしては成功し、それ以降は分家の者たちと適度な速度などで手紙のやり取りを行ったりしつつ、定期的に茶会に呼んだりする事となった。
問題が完全に解決した訳ではないのだが、状況が悪化する事はなく今回は丸く収まったと言えるだろう。
――余談であるが。
当初、この茶会でルキウスは社交の接待を行う予定であったのだが、ルイトポルトが貴族学院に入学するのと同時にルキウスの教育係を請け負ったインゴの判断で、まだ出せないという事になった。
「ルキウスはそこまで悪かっただろうか……?」
申し訳ありません、と頭を下げに来たルキウスの姿を思い出してルイトポルトがそう尋ねると、インゴは静かに答えた。
「元平民である事を思えば、十分すぎるほどの出来では御座います」
「では何故」
「彼が貴方の弱みとなりかねないからです、ルイトポルト様」
「え……?」
「一族の間で、ルイトポルト様の寵愛を受ける平民出身の隻眼の男がいる――というのは、貴方が思う以上に有名な話なのでございます。更に、以前の狩猟祭では神話級の肉食ペリカンを射止めたとして、一部の社交に疎いような騎士たちの間ですら彼の存在は知れ渡っています。これがどのような状況を産むか、ご想像できますか」
ルイトポルトは少し考えた。
個々の情報では分からない。けれど、今、この話をするという事は分家の者たちとルキウスとの関係で考えるべきであろう。そう考えてみると、分かってくる気がした。
ブラックオパール伯爵家で働くものは殆どがブラックオパール一族出身だ。それ以外もいるが、割合では圧倒的少数派。
その中でも、平民の身分で本家の人々と関わるまでに出世している人間は多くない。
当主とその妹に重用されている執事のジョナタンと侍女のジゼルという例もあるが、あちらはもう何十年も伯爵家で働いているのと、ジゼルの仕事が現在はメルツェーデス専属というものであり、激しい嫉妬は巻き起こさない。兄であるジョナタンの方は執事として働いているわけだが、こちらはブラックオパール家出身の妻に婿入りして扱い上は貴族になっているので――こうして有用な平民を身近に置くために一族の者と婚姻させる方法は多かれ少なかれ、どこの貴族でも行っている事もあり――大きな文句は出てこない。
この二人と違い、ルキウスは現在もただの平民で、過去の活躍とルイトポルトの寵愛によって今の立場まで取り立てられている。
「……私に取り立てられたいと思っている者からすれば、邪魔な存在という事だろうか」
「その通りでございます」
「はぁ……成程な」
分家の者たちがあれほど必死に自己アピールしていたのは、ルイトポルトの目に留まって取り立ててもらう為。
取り立てる形は様々あれど、特に侍従を目指しているような者がいたとすれば……ルキウスは『平民でありながら、貴族である自分たちの仕事の枠を奪っている存在』だ。可能であれば、引きずり下ろしたいと考えている人間がいるかもしれない。
そうでなくとも、平民というだけで引きずり降ろそうと思う者もいるだろう。あの巨大ペリカンの討伐以降は殆どなくなったが、それ以前はちらほらとルイトポルトに「平民を傍に置くとルイトポルト様も低く見られますぞ」なんて言葉を伝えてくる人間もいたぐらいだ。
「先にも述べました通り、元平民にしてはよくやっていると言えます。けれど同時に、そのような見方はあくまでも彼に好意的な見方です。彼に否定的な者は、ルイトポルト様の侍従見習いの癖にあれしか出来ない。やはり平民生まれは駄目だと捉える者が少なからずいるでしょう。だからこそ、そのような指摘が苦し紛れだと言える位にまで、彼の所作が洗練されない限りは……簡単には、お出しできないのです」
インゴの言葉に否定する言葉はルイトポルトの中にはなかった。幸いにも、インゴ曰くルキウスは熱心に学んでいるし、いつになるかは分からないが逆風となる視線ばかりの場所にも出せる日が来るだろうという事であったので、いつかその時が訪れるのを待つしかないと、ルイトポルトは思うのだった。
 




