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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第四粒 ルイトポルト、貴族学院へ ~1年目~

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【127】ルイトポルトの学生生活Ⅲ

 いつもの通り、休み時間と共に分家の学生たちが集まってくる。彼らを纏めて移動するように学院内に沢山存在している中庭の一つに移動した。完全に人目のない所に移動したいという気持ちもあったが、これまでの期間周囲を騒がせた以上、大量でなければ誰かの目がある所でハッキリと沙汰を下ろした方が良いとルイトポルトは考えたのである。


「ブラックオパールの血を継ぐ学生たちよ」


 ルイトポルトは自分の周りに集う学生たちを、全員見渡しながらそう声をかけた。学院内でするには、明らかすぎるほどに上下を意識した言葉遣いに、令息たちも令嬢たちも、静かに口を閉じてルイトポルトを見た。


「以前、私は君たちに告げた。――貴族学院は、勉学を深めるための場だ。そしてここは、我々だけの為の場所ではなく、多くの第三者がいる。彼らの邪魔をするような恥ずかしい真似はしないでくれ、とね。覚えているだろうか?」

「勿論です!」

「はい。ですので恥ずかしい真似はしておりません!」


 数人の学生がそう声を上げた。


 ルイトポルトはため息をついた。


「そうか。では君たちには、客観的な視点というものが、とても欠けているという事だ」

「なっ、どういう事でしょうか?」

「私の耳に届いていないと思っているのかもしれないが――数人の学生が、私の傍にいる為に、授業に遅刻しているという話が私の元に届いている」


 何人か、顔色が悪くなった学生がいた。


「さらに、中には何度も欠席している者もいるそうだ」


 更に顔色が悪くなって硬直している学生もいる。


 特に心当たりはないらしい分家の令息令嬢たちは周囲に視線をやる。一体だれがそんな事をしたのだ、という犯人捜しの視線だ。あからさまに挙動不審になってしまっていた令息は「し、してない、そんな事っ!」と必死に声を上げていた。そんな彼を見る周囲の視線は、とても冷たい。


「……そのような恥ずかしい事をしている者がいるとは思いもしませんでした。ですが私は、そのような行為は行っておりません!」


 一人の令息が、胸を張りながらそう言ってきた。

 己より年上だろう令息の顔を見上げながら、ルイトポルトは尋ねた。


「自分がしていなければ、良いのか?」

「えっ」

「今のこの状況が、一部の学生を焦らせてそのような行為に走らせているとは、思わないか」

「いや、それは……」

「たった一人ならば、その個人の悪評となるだろう。けれど複数人いれば、それは一族全体への悪評になる。違うだろうか」

「……」

(自分には関係のない事なのに何故責められているんだ、と顔に書いてあるな)


 実際、当人にしてみれば、自分は遅刻をした訳でもないのに、他人の遅刻について責められているような気分だろう。

 率先して口を開いた令息から視線を外し、ルイトポルトは全体を見渡した。

 多くの令息令嬢が、自分も責められたくないとばかりに視線を落としている。顔色が特に悪いのは、遅刻や欠席をしてしまっていた者たちだろう。


 その顔を見て、ルイトポルトは思った。


(私が今まで、彼らとかかわってこなかった故に――普通の家であれば幼いころから学院入学までの間に得られた関係性を持つことが出来なかった。それは、彼らにとっても同じ。だからこそ、焦りでこうも無理に関わりを持とうとしてくるのだろう)


 本人の意思が理由だけとは限らない。彼らの親が、子供に強い期待を押し付けて、それに従おうと必死な者もいるのだろう。

 そういう細かい事情を、今のルイトポルトは知らない。

 だから、一人ひとりの気持ちに寄ったような結論は出す訳にはいかない。


「……皆も知っているだろうが、ブラックオパールは、血族を大事にする一族だ。私は次期当主としてその流れを守りたいと思う」


 ホッと安堵の表情を浮かべた者が沢山いた。


「同時に――貴族学院という場所でこそ出来る事を、君たちにもして貰いたいと考えているんだ」


 ルイトポルトの言葉に訳が分からないという顔をする者や、首をかしげる者もいた。逆に、望んだ言葉ではないと顔をゆがめる者も、ハッと何かに気が付くような顔をした者もいる。


「私はブラックオパールをもっと発展させたい。その為には、領地に籠るだけでなくもっと多くの人々と関わり、外の人々に伯爵領の素晴らしさを紹介していきたいと思っている。その為に、学院では多くの人々と関わり、知見を深めたいと考えているんだ。私と年の近い君たちは、将来的に私の事を支えてくれる中心的家臣になってくれると考えている。だからこそ――上級生の者たちは今年私が入学するまではしていたと思うけれど――もっと多くの人々と関わって欲しいんだ。…………まさか皆もいつまでも、今までのように私のそばにだけいるつもりではないだろう?」

「……」


 令息令嬢たちの多くは無言で、数人は俯いている。

 ルイトポルトの言葉に納得したのか、それとも不服とはいえ本家の嫡男の言葉故黙っているのか、判別は難しかった。

 彼らの反応を見極めようとルイトポルトがジッと見つめていると、重い沈黙の中、声を上げた令息が一人。


「ル、ルイトポルト様っ」


 視線を向ければ、緑の瞳と目が合った。同学年で、授業中もよくルイトポルトの席の近くに座している令息であった。


「なんだろう、クロース殿」

「ぁ……! な、名前……覚えていてくださったのですか……?」

「勿論だ。最初に挨拶をしたではないか。この場にいる全員、私にとっては大切な同じ一族の者たちだ。挨拶を交わした者の名は、把握しているよ」

「ルイトポルト様……!」


 名前を覚えられていた事が余程うれしいのか、クロースは上ずった声になりながら言葉を続けた。


「わ、私は……その、ルイトポルト様のご迷惑になるような事をしたかった訳ではないのです。どうか、どうか家には……」


 そう頭を下げようとするクロースをルイトポルトは押しとどめた。


「分かっているとも。家に話をするような話題ではないだろう。少なくとも、()()()()。……どうか、分かってほしい。私は君たち分家の者たちを軽んじたいわけではないのだという事をね。けれど、伯爵家の次期当主として、私は様々な面に目を向けなくてはならない。私の時間の全てを、今、君たちにだけ割く事は出来ないんだ」




 ――貴族学院から屋敷に帰る為に馬車乗り場にやってきたルイトポルトは、ブラックオパールの家紋が描かれた馬車に、今日の護衛であるトビアスが腰かけているのに気が付いた。トビアスもルイトポルトがやってきた事に気が付き、顔を上げた。


「おかえりなさいませ、ルイトポルト様。上手くお話し出来ましたか?」

「……いいや。全然」


 あまり直接的すぎる表現だと要らぬ反感を買うだろうと思っていたのに、話せば話すほど表現は直接的になっていった。それだけではない。


「話すというのは……難しいな。話せば話すほど、なんという形で伝えたらよいのか分からなくなったんだ。あれだけ、事前に一人でどう話すかを考えていたのに」


 結局、クロースとの問答があの場では最後の会話になった。


 その後分家の者たちは各々散っていき、残ったのは元からルイトポルトと選択している授業がかぶっている一年生の分家の者たちばかり。そんな彼らも、つい先程ルイトポルトから「一人にしてくれ」と言われた事もあり、入学後では初めて、誰にも囲われずに授業を受ける事となった。


 結果は望んだものであったが、分家の若者たちの心がどんな風に揺れ動いたのかは、想像が難しい。


「これで本家と分家の溝が深まったらどうしよう……」

「ルイトポルト様。考えすぎでございますよ。ほら、メルツェーデス様がお待ちです。帰りましょう」

「ああ……」


 しょんぼりと肩を落としながら馬車に乗り込むルイトポルトに、トビアスは苦笑した。

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