【125】ルイトポルトの学生生活
貴族学院でのルイトポルトの話です。サクサク行きたい(願望)。
――さて。
ルイトポルトの学生生活が始まった。
真新しい建物、今まで一対一であった形式とは全く違う、一対多の授業形式などなど、ルイトポルトにとっては真新しく面白い事も多い。
だが、入学早々、彼は本家の嫡男としてある問題に頭を悩ませる事となった。
「ルイトポルト様! 荷物をお持ちします!」
「ルイトポルト様! 何かございましたら、お尋ねくださいませ!」
それは貴族学院に通っている、ブラックオパールの分家筋の学生たちが、授業以外の時間全てでルイトポルトの所に会いに来る事であった。
授業と授業の合間の移動の為の休み時間。
食事の為の、長め休み時間。
そのどちらにもルイトポルトが一人で過ごす時間は、たったの一分もない程であった。
これは様々な面でルイトポルトの頭を痛くした。
まず、普段から人に囲まれている事に慣れている高位貴族の令息といっても、その殆どは使用人たちだ。必要に応じて会話をする事はあれど、彼らはルイトポルトからの反応や言葉を毎度求めてくるわけではない。
一方で分家の令息令嬢たちは、ルイトポルトからの言葉や反応を求めている。
誰かひとりに反応すれば、競うように他の者も反応を求めてくる。誰かに声をかけるのならば、周りにいる他の学生にも声をかけなくてはならない。
しかし毎度毎度、休み時間の度に周囲に反応し続けるというのは疲弊するものだ。
更にまずい事に、学生たちは――全員が全員ではないが――周囲の目を気にせずルイトポルトに侍るがために、廊下を塞いだり、うるさくしたりなどの理由で、迷惑な集団と化していた。
故にルイトポルトは休み時間になる度に、周りにめいわくをかけない場所へと急いで移動し、分家の学生たちの相手をし、授業になると戻る……という事を繰り返す必要があった。
では授業中が安寧かといえば、そうでもない。
ルイトポルトと同い年の学生たちは彼の周囲の席に集まるようにして固まって座る。それだけでも結構な圧を感じるのであるが、当初は授業中にも関わらず声をかけてくる学生までいた。ルイトポルトの方ばかり見て、授業が二の次になっていたのだ。
これに関しては、すぐに彼らに注意をした。
「学院生活に不慣れな自分のために集まってくれるのは嬉しいが、ここは勉学のための場だ。そしてこの場で我々はただ一人の学生でしかない。周囲には多くの学生がいる中で、彼らの邪魔をするような恥ずかしい真似をしないでくれ」
ルイトポルトの言葉に反抗する者は流石にいなかったが……結局、休み時間に毎回囲まれるのは変わらない。
「はぁ……どうしたら良いのだろうか」
ルイトポルトとて、分家の学生たちとの縁を失いたい訳ではない。大事にしたいと思っている。
しかし貴族学院は爵位や血族の壁を超えて様々な者と関わることが出来る貴重な場だ。
貴族社会では人脈というのはかなり強い力となるのだ。
次期当主であるルイトポルトは他の血族の者とも積極的に縁を増やしていく必要がある。
それはルイトポルトだけでなく、分家の者たちにもそうであって欲しいと考えている。
その事はそれとなく伝えたのだが、真意は伝わらなかったようで「分かりました!」「心得ます!」という言葉こそ返ってきたものの、それ以降も彼らの態度は変わらなかった。
困ったルイトポルトはメルツェーデスに相談する事にした。
「なんと言えば、皆に私の考えが伝わるのでしょうか……」
「そうですね……」
メルツェーデスは紅茶をのみながら、自分の話が全く通じていなさそうな分家の学生たちに悩む甥を見つめた。
その悩みは、メルツェーデスも若いころには感じていた事である。
本家の令息令嬢が、分家の令息令嬢に囲まれるのはどこの家でもある話。分家側からしてみれば、本家の人間に気に入られて取り立てられたいのだから、必死になるのは当然の事。
そして本家側としては、そんな分家の人々をしっかりと統率する能力が求められる。
「ルイトポルトは優しいから、強く言えないのね」
授業中に声を出すという明らかな迷惑な行為には物申す事が出来るとしても、休み時間に囲まれる事は、周囲に迷惑をかけない場所に移動さえしてしまえば、迷惑を受けるのはルイトポルトだけだ。
貴族学院は広いので、周囲にあまり迷惑をかけない場所を探すのは大して苦労しないのもあり、強く言えないまま受け入れてしまうのであろう。
「とはいえ、これからもそのような状態が続くのは、確かによくないわ」
「そうですよね……」
「ルイトポルト。皆の者が貴方の傍にいる事によって起きている影響が本当にないのか、もう一度調べてみなさい。何か一つでも、問題があるのであれば……それを理由に、全員に行動を改めるように伝える事が出来るでしょう」
「けれど……なかったらどうしたら良いのでしょう?」
「その時は、理由を作るしかありませんわね」
ぱちくりと、ルイトポルトは叔母を見た。
メルツェーデスは相変わらず優しいほほ笑みを浮かべている。そのほほ笑みに母である伯爵夫人と似た淑女の圧を感じた。
理由を、作る。意図的に……。その言葉の意味するところを理解して、ルイトポルトはやや影のある表情を浮かべた。
「そのような事をしても良いのでしょうか?」
「ルイトポルトがその前段階で彼らを統率出来ないのであれば、そうするしかありませんわ」
「……分かりました」
ルイトポルトに人をまとめる力がないのであれば、誰かひとりを生贄にしてでも彼らを統率するしかない。
そう告げてくるメルツェーデスに、ルイトポルトは己の力不足を恥じて俯いた。




