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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第四粒 ルイトポルト、貴族学院へ ~1年目~
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【122】代官

 荷物の荷ほどきは後回し。荷物を部屋に運び終わった者たちは、すぐ屋敷に向かった。


 元々ここで働いていた使用人たち――彼らの多くも、ブラックオパール一族出身者である――との挨拶が行われて、今後の指示系統の確認などが行われていく。

 とはいっても、ルキウスにとっては伯爵領時と大きく指示系統に変更がある訳ではない。


 ルキウスはルイトポルトの専属であるので、基本的に上司は同じく専属のリーダー格の者とルイトポルトだけである。


 だが、上からの指示では変化はなくとも、そのほかの部分での変化は大きい。

 今までは見知った者たちと、決まったように仕事を回していた。洗濯物を運ぶにしろ、料理を運ぶにしろ、それ以外をするにせよ、誰がどういう仕事をするかも把握できていた。


 だがこの伯爵邸では、まだ誰がどういう風に動くか、サッパリ分からないのである。


(まずは名前と顔の一致だろうな……)


 この伯爵邸は、普段から無人だった訳ではない。元々、伯爵の王都での代理人として、王都に駐在している代官一家が暮らしているのだ。その代官一家の世話をする役どころとして、領地の屋敷ほどではないにせよ、少なくない人間が働いている。


 代官一家はルイトポルトが引っ越してきてもどこかに行ったりはしない。あちらは仕事で王都に留まっているからだ。なので元々伯爵邸で働いている者たちからすれば、急に主人が増えたような状態である。


(この場合、偉いのはどちらなのだろうか)


 領地では勿論、伯爵夫妻が一番偉かった。その次が嫡男であるルイトポルト。その次が、令嬢エルメントルートと伯爵の実妹メルツェーデスである。


 ではこの王都では、どうなるのか。確認しておかなければ、初対面の使用人たちとの間に齟齬が生まれるやも知れない。


(後で確認しておこう)


 そんな事を思いながら侍従見習いとしてすべきことを淡々とこなしていたルキウスは、主人の私室の荷物を広げている侍女たちの手伝いをしていた所、先達の侍従に呼び出された。


「ルキウス! 応接間へ行ってくれ」

「応接間ですか? 分かりました。どのように向かえば?」

「こちらの方がご案内してくださる」


 指をさされたのは、やはりブラックオパール一族の者だろう特徴的な見た目をした男性であった。彼はジッ……とルキウスを見たのち、二コリと微笑んだ。


「ルイトポルト様と代官がお待ちです」


 ルイトポルトまで待っていると言われたら急がねばならないが……。


(……代官様も?)


 疑問に思いながら応接間に案内される。ルキウスは歩きながら、屋敷の構造を把握しようと必死であった。出来れば、二度同じ事を説明させたくはない。


 案内人の男は、応接間の部屋の前に立つと、ノックをした。


「ルイトポルト様、父上、ルキウス卿を連れてまいりました」

(……父?)

「入ってくれ!」


 元気の良い返事があり、二人は入室した。


 そこにはルイトポルトと、メルツェーデスが横に並んで座り、その対面には一人の男性が腰かけている。他、壁際にはトビアスとイザークがおり、座している男性の背後にも数人の男性が立っていた。

 トビアスはルキウスと目が合うと、ぱちりと片目を瞑った。


 ルイトポルトに手招きされ、ルキウスは主人の座る横に立った。


「大叔父様、これがルキウスです! ルキウス。こちらは私の大叔父にあたり、王都でお父様の代理人として働いている、代官のヘーゲン様だ」


 重要人物である。


(わざわざそんな人物と会わせるために呼んだのか……?)


 ルイトポルトに気に入られている自覚はあったが、それもいささか、度が過ぎているような気がする……などと思いながら、ルキウスは頭を下げた。


「ルキウスと申します。ルイトポルト様の下で侍従見習いをしております」

「ヘーゲン・ブラックオパールだ。貴殿には前々から会いたかったのだ。会えて光栄だ」


(会いたかった?)


 ヘーゲンの言葉に何故、とルキウスが身を固くした所で、ヘーゲンは座ったまま、ルキウスに向かって頭を下げた。


「――ルイトポルト様の命を救っていただいた事、誠に感謝する」


(何年前の話だ!)


 まさかまだその礼を言われるとは思わず、ルキウスはふるふると首を振った。


「いえ、その、あの時は偶然でして……」

「偶然であったとしても、その行動のお陰でルイトポルト様の御命は救われた。――そして貴殿のお陰でルイトポルト様がご無事であった為に、愚息の失態に、伯爵様は寛大な対応を下された」

「どうか頭を…………ぐそく……?」


 ハッとして、ルキウスは部屋の壁際に立っていたトビアスを見た。トビアスは胸に手を当ててこう名乗った。


「愚息です」


 トビアスの言葉を聞いた瞬間、様々な情報が脳内で繋がっていく。


 トビアスは伯爵たちの従弟。


 トビアスの父は先代伯爵の弟。


 目の前の人物は、伯爵家の本筋の人間!


 だらだらと、汗が垂れる。


「わ、わた、私、いえ、あの」


 顔から色が無くなり、言葉に詰まりだしたルキウスを見たルイトポルトは苦笑してヘーゲンへと声をかける。


「ヘーゲン大叔父様。私の命の恩人をあまりいじめないでやってくれませんか」

「ああ……これは失礼。脅すようなことをしたかった訳ではなかったのですが……」


 ヘーゲンは少し困ったような顔をした。その顔は、息子だというトビアスとよく似ていて、ルキウスは彼らが親子なのだと強く感じたのだった。


「父上? 兄上の紹介もしていただきたいのだが」


 トビアスはヘーゲンの方を見ながらそう言った。そうだなとヘーゲンは頷いて、それに合わせるように応接間にルキウスを案内してくれた男性が前に出る。ヘーゲンは男性を手でしめしながらその人物を紹介した。


「私のもう一人の息子の、インゴルシュテッターだ」

「紹介に与った。インゴルシュテッター・ブラックオパールだ。よろしくお願いする」

「よろしくお願いいたします」

「インゴ兄上は父上の跡を継ぐべく、文官的な仕事を日々しているんだ。もし王都で困った事があったなら最初に頼ってくれてよいぞ」


 壁際からいつも通りのトビアスの声が飛んできて、インゴルシュテッターは眉根を寄せた。


「トビアス。何故お前が勝手にそのような事を決める。……弟は普段からあのような調子なのだろうか」

「え。あ。えぇと……」


 いい淀んだルキウスの態度から肯定と見たのか、インゴルシュテッターは首を振った。


「……まあ良い。この屋敷内で何かあれば、できる限り全て報告をしてほしい。環境が変わり、使用人同士の諍いも発生しやすいだろう。小さい争いが後々大きな遺恨を残す事は少なくない故にな」

「畏まりました、インゴルシュテッター様」


 そう頭を下げれば、インゴルシュテッターは満足したように頷いた。


 この屋敷には代官一家として他に、ヘーゲンの妻――つまりトビアスやインゴルシュテッターの母――、インゴルシュテッターの妻、それから子供たちがいるという事であった。


 インゴルシュテッターの子という事は本家本筋に近い血筋の子供という事である。ルイトポルトともそう年が離れていないらしい。

 そうなると思い出すのはルイトポルト周りで起きていた騒ぎであるが……代官一家は基本的に王都で暮らしていたので、件の騒ぎには良くも悪くも関わっていないという事を、部屋から退散した後にトビアスが教えてくれたのだった。

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