【120】王都へⅡ
ついに王都に向かう当日となった。
「行ってまいります、お父様、お母様、エルメントルート」
「ブラックオパールの名を背負っている事を忘れずに、日々を過ごせ」
「お前が一回り成長して帰ってくる事を待っているわ」
ブラックオパール伯爵と伯爵夫人と、ハグをした後、乳母のコジマに抱かれて頬を膨らませているエルメントルートの元へ行ったルイトポルトは、妹を受け取り抱きしめた。
最初は不機嫌そうだったエルメントルートも、これで長く兄に会えないと思うと気持ちが変わったのか、兄にしっかりとしがみ付いた。
兄妹が別れを惜しんでいる横で、ブラックオパール伯爵夫妻はメルツェーデスに視線をやる。
「ルイトポルトは領地から出たことがない。王都ではよろしく頼む」
「ルイトポルトをよろしくね、メル」
「はい、お任せくださいませ、お兄様、お義姉様」
此度のルイトポルトの王都移住に際して、彼の叔母であるメルツェーデスも共に王都に行くことになっていた。実の両親である伯爵夫妻は当主としての仕事の関係で、王都に定住出来ないためだ。
勿論、世の中には王都で暮らして領地は代官に任せている家も多数ある。
ただ、ブラックオパール伯爵家では様々な事情から、代官に任せる案は取られなかった。
そのため、王都に初めて行くルイトポルトをサポートするために、ルイトポルトも懐いている叔母のメルツェーデスが付いていく事になったのである。
ブラックオパール伯爵家の人々の別れが済み、ルイトポルトとメルツェーデスが馬車に乗り込んだ。
それを見届けてから、ルキウスも自分が移動する馬車に乗り込もうとして……。
「るいうす!」
その、幼い言葉にルキウスは動きを止める。
振り返ると、エルメントルートが目を潤ませて立っていた。
「るいうす、いっちゃやっ!」
エルメントルートはルキウスの片足にしがみ付いた。
ルキウスはルイトポルトの傍にいるからなのか、エルメントルートはルキウスにもそれなりに懐いていた。とはいえ、ここまで別れを惜しまれる仲では無かったはずである。
(ルイトポルト様が見えなくなったから、俺に移ったのか?)
ともかく、どうしたものかと困惑していると、いつの間にか傍に近づいてきていた伯爵夫人が娘を抱き上げた。
「エルメントルート。ルキウスに迷惑をかけてはなりません。引き留めて悪かったわね、ルキウス」
「いえ……」
ルキウスはそう答えて頭を下げる。それから、そそくさと馬車に乗り込んだのだった。
◆
馬車が走り出す。いくつもの馬車が連なって進む中、ルキウスは窓の外を見た。
遠くに、山が見える。
(あのあたりは、別の貴族の領。その向こうは、ピンクサファイア男爵領……)
男爵との関係をルイトポルトに告白してからそれなりに時間が経った。
今のところまだ、ルキウスの中で結論は出ていなかった。
強いて言えば、関わりたくないというものが答えであったが……それが、ただ目をそらした結果の答えなのではないかという気持ちがぬぐえず、ルイトポルトへの報告はしていない。
ルイトポルトも彼の方からもう一度、ゲッツの頃の話を振ってきたりしていないので、ルキウスの回答待ちなのだろうと思われる。
(……彼らは今、どうしているのだろう)
幸せに生きているのだろうか。ゲッツの事など、とうに忘れて。それとも――?
ルキウスは窓の外、その山が遠ざかっていくのをじっと見つめていた。
山はどんどん、小さくなっていく。
木々に隠れて山が見えなくなった頃、やっと視線を逸らす事が出来た。
「そういえば、ルキウスは王都は初めてか?」
侍従の一人であるロェフスの質問に、ルキウスは「いえ」と答えた。
「何度かは、あります」
「へえ、そうなのか! なら説明する事は少なくてすむかもしれないな」
横から別の侍従がひょいと口を出す。
「ルイトポルト様の代わりに店に出向いたり、商品を受け取りに行ったりする事もあるからな。最初から一人で取りにはいかせないが、早めに道は覚えてもらう必要がある」
「分かりました」
同じ馬車に乗る者たちからあれやこれやと話をされながら、一行は王都に向かい進み続けるのだった。