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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第三粒 ルイトポルトの社交界デビューの裏側で
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【115】エッダⅦ

 エッダは、ピンクサファイア男爵家の屋敷で与えられている自室で、ベッドに横になっていた。


 ここ数日館が騒がしいのは知っていた。だが、基本的にはベッドの住人であるエッダには、情報は何も入ってこなかった。

 更に、騒がしくなり始めて以降、エッダの元に来るメイドの頻度が落ち、現在は食べ物や水分もまともに取れていないような状態であった。


 これは、伯爵家の人々にとって、貴族でもなく沙汰にも殆ど関係のないエッダは重要度が低く、わざわざ関りに行く者がいなかったである。


 そんなエッダは久方ぶりに訪れたメイドに水をもらい、野菜スープを腹に入れた事で、一息ついた。


 コンコン、とノックの音が響いたのは、彼女の食事が落ち着いた時であった。


 エッダに水を与えたメイドがドアを開ける。その所作がなんだか綺麗で、エッダは(そういえばこのメイドは一度も見た事がないメイドだ)と思った。


「あ……」

「お久しぶりね」


 入室してきたのは、男爵の正妻である。エッダがうっとうしがって、他所に追いやった女だった。


 会うのはあれ以来、つまり、数年ぶりであった。


 あの時、エッダは男爵の寵愛を受けて、綺麗な服を着て、贈り物を身にまとい、自慢げにそれをこの夫人に見せていた。夫人はみじめであった。


 ちらりと、夫人の姿を見る。

 服装的な事を言えば、夫人の恰好は平民並みである。貴族の夫人の恰好ではない。けれど、彼女の顔色はよく、普通に歩き回れている。そういう元気が、今のエッダにはない。


 唇をかみしめてうつむいたエッダの比較的近くに立った夫人は、特に慮る必要もないとばかりに、本題に入った。


「男爵は本家当主から罰せられ、爵位を失ったわ。今の貴女は男爵の寵愛を受ける愛人ではない。まず、その事実を認識してちょうだい」

「……は? え? い、意味わかんねぇんだけど……?」

「男爵は、既に、男爵の地位を失ったの。だからあなたは男爵の愛人ではなく、平民に落ちた男の愛人という事よ。私も既に、男爵夫人ではなく、ただの平民」


 その言葉をエッダが完全に理解するまで、十数秒がかかった。その間、夫人は――静かに、エッダが事を呑み込むのを待った。


「………………たちは?」

「もう一度仰って下さる?」

「こども、たちは……!?」


 エッダの言葉を聞いたビアンカは少し目を見開いた。


「……そう。貴女には母親の自覚があったのね」

「子供たちは!? あの子たちはどうなんのよッ!! 男爵家の子供で、貴族でッ!」

「ハワードだけでなく、分家の人間も軒並み貴族の地位を没収されているわ。――当然、貴女の子であるグレートヒェンとハワードの二人も、貴族の令嬢令息ではなくなる」

「は、わーど?」

「……名も知らなかったの? ハワードは貴女が生んだ、息子の事よ」


 エッダは生んだ息子がハワードと、父親と同じ名前がつけられていた事すら知らなかった。

 数秒言葉を失ってしまったが、ふと、エッダは一つの違和感に気が付いた。


「イ、イレーネは?」


 そう。それは先程のビアンカの説明に、第二子イレーネの名前がなかった事である。


「アタシの、も一人の、娘は?」


 説明になかったのは何故なのか。何故、ビアンカはエッダの子を二人と言ったのか。


 ――そこで初めて、ビアンカは、本当に憐れむような視線をエッダに向けた。エッダが大嫌いな、同情の視線。


「……知らないのね」

「何がだ! 知るわけねぇだろ、ずっと、ずっとこの部屋にしかいなかったのに!」


 エッダは身を乗り出して、ビアンカの胸倉を掴んだ。久方ぶりに立ち上がった気がする。足が震えた。

 ビアンカは逃げもせず、エッダの顔を見ながら、言った。


「イレーネ・ピンクサファイアは死んでいるわ」

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― 新着の感想 ―
こどもに罪は無い筈ですので、かわいそうですね。
流石にこれに関しては可哀想ではある
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