【109】パーティーの成果
間に合いました。
パーティーの次の日。ルイトポルトに一日付いて回る仕事を任されたルキウスはルイトポルトの後ろで、いつもと同じように授業を聞いていた。
ルキウスは、いつも通りに机に向かっているルイトポルトの事を見下ろした。
昨日のパーティーは昼前から行われ、夕方ごろには終了している。それでも、表の対応をした人々も、裏の対応をした人々も、疲労し、その夜は倒れ込むように寝ている人間が多かったように思えた。
(昨日はあれほどお忙しくされていたのに……本日ぐらい休まれても、誰にも怒られそうにないのだけれど)
主役であったルイトポルトは、責任も重かった。大変だっただろうに、彼は次の日にはいつも通りのスケジュールに従って動いている。
ルイトポルトの選択故なのか、それとも伯爵夫妻からの指示故かは分からないが、偉すぎる。
そんな事を思いながらルイトポルトに付き従って、午後の休憩の時間となった時、若い主人はルキウスを呼び寄せた。
「ルキウス。ここに座ってくれ」
「へ……す、座る、ですか?」
「ああ!」
ルイトポルトの休憩の為に、侍女たちによって紅茶が注がれている。円形のテーブルの上には焼き菓子と二人分のティーカップがあり、そのもう一つはルイトポルトの正面に用意されていた。
てっきり誰かが来るのかと思っていたのだが、そこはルキウスの席らしい。
「昨日のパーティーの事をお前にも話しておきたくてな」
つまり雑談相手になれという事である。
ちらりと、紅茶を入れていた同僚の侍女を見る。自分より長くルイトポルトに仕えている彼女に、座るべきかの判断をしてもらおうと思ったのだ。
侍女はルキウスと目が合うと、小さく一度だけ頭を上下に振った。
「……失礼いたします」
ルキウスはルイトポルトの正面に腰かけた。
名実ともに本日からは成人として扱われる事となる少年は、昨日の事を色々と教えてくれた。
まず最初に話題に上がったのは、本人も気にしていた、同年代と上手く話せるのか、という話であった。
「自分では上手くできたかは分からないけれど……年の近い分家の子らとは大分話せたんだ。まだ、誰を側近にする、なんて話までは判断が出来ないけれど……お父様からは今後も付き合いを継続させて、その中で選べばよいと言ってくださっているから、今後は屋敷にも人が来ることがあると思う。その時はルキウスも、対応を頼むよ」
「勿論です」
それから、と次の話題は他の親戚たち――残り二つの伯爵家の話となった。
「ホワイトオパール伯爵……私にとってはお爺様だが、これからは堂々と会う事も出来ますな、と仰ってくださったんだ!」
「? これまではお会いできなかったのですか」
「うん。お爺様はお仕事で忙しくされている事が多いそうで、今までも手紙や贈り物はしてくださっていたけれど、直接会ったのは数回目だったな」
確かに相手は現役の伯爵家当主。引退していたら違うかもしれないが、時間を合わせるのも難しいのかもしれない。
(……だが、どちらからというと、三オパールにあるという確執のせいで簡単に会いにこれなかったのでは……?)
と、ルキウスは言葉に出さずに疑った。ルイトポルトはわざわざそんな説明はしなかったので、表向きは三オパール家の間の問題をあれこれ喋ったりはしないという事なのだろう。
「それから、叔父様一家ともお会いしたのだけれど……私の従兄姉にあたる、ヘルムトラウト様とヴィツェリーン様もいらっしゃっていてね。お二人とも、手紙のやり取りは、お互いの誕生月に行ったりしていたけれど、しっかりと会うのは初めてだったから、会えてうれしかったよ。お二人とも、私にも良くしてくださった」
(……なるほど。父息子で同じ名なのか)
親子が同じ名を名乗るという事は、よくある。その時は子供の方がジュニアと呼ばれたり、他の名で使われたりもするが……ルイトポルトからすると叔父は叔父と呼べばよいのだから、従兄をヘルムトラウトの名で呼ぶのは自然な事だろう。
「あと、ファイアオパール伯爵と夫人にもお会いしたんだ」
メルツェーデスの元夫と、その現妻である。
「ファイアオパール伯爵夫人は……その、とてもとても、私が社交界にデビューした事を喜んでくださったよ。お会いするのは初めてだったけれど、ああも喜ばれると、嬉しいやら、恥ずかしいやら、なんというか……」
ファイアオパール伯爵夫人に対する、ルイトポルトの感想はそう悪くないようであった。
「それから、メルツェーデス叔母様と久々に再会できたことも喜んでおられたな。叔母様と二人で楽し気に話し込んでおられたよ」
(……親しい、のか?)
元妻と現妻。関係性はあまり良いとは思えなかったが、楽し気に話し込むほどの関係とは思わなかった。
「どうかしたか、ルキウス」
「……その……メルツェーデス様は、ファイアオパール伯爵夫人とは親しい間柄なのですか?」
「ああ。そうだと聞いているよ。元々はメルツェーデス叔母様の専任侍女だったらしいからな」
「…………?」
関係性が一気にややこしくなった気がして、ルキウスは眉間に皺を寄せた。
そんな顔を見た、同僚の侍女が、こほん、と小さく咳払いをしてからルイトポルトに申し出る。
「ルイトポルト様。恐らく平民には、あの形の政略婚の仕組みは、分かりにくいのかと」
「あ、ああ! そうなのか」
「はい。私から説明してもよろしいでしょうか?」
「そうだな。私も上手く説明できるか分からないし……頼むよ」
主人の許可を取ってから、侍女はルキウスに説明をした。
「先代三オパール伯爵家の間で行われた政略結婚は、失敗が出来ないものでした。どこか一つが、全く別の家から嫁を入れていたら、成り立たないからです。故に、万が一結婚が上手くいかなかったときの保険として、次の妻候補である令嬢たちが事前に用意され、彼女らは夫人の侍女として、嫁ぎ先に付き従っていたのです」
その説明を聞いた瞬間、ルキウスは思い出した。
ブラックオパール伯爵夫人の専属である侍女たちの中の数人は、白い髪の毛に様々な色が散ったような髪――見るからにホワイトオパール出身である人々であったという事を。
これまでは、実家から婚家に連れてきていた侍女なのだろうぐらいにしか思っていなかったのだが……。
「もしや……、伯爵夫人の周りにおられる、ホワイトオパール出身の方もそうなのですか?」
「そうです。ヴィクトーリア夫人とリュディガー伯爵の関係が悪く婚姻が成り立たなかった場合、代役を担えると判断された方が殆どです。全員ではありませんけれど。……勿論、夫人を担えると見られる方ですから、血筋は本家に近い家出身で、能力も伯爵夫人になれると見られる方ばかりです」
そういう事もあるのか……とルキウスは心底驚いた。
確かに、政略結婚といっても人間同士なのだから、どれだけ幼少期から仲を深めるように誘導していても、関係が悪くなる可能性はあるだろう。だがそうなっても、別の手を打てるように、最初から考えられていたとは。
「メルツェーデス様が嫁がれた際も、数人、代役を担える者が侍女として付き従っておりました。メルツェーデス様が現ファイアオパール伯爵と離縁する事が決まった際、話し合いにより現伯爵夫人が次の妻となる事が決定したと聞いております」
侍女はそれで説明を終えたと、一礼して壁際へと戻っていった。
それを見てから、ルイトポルトはルキウスに言った。
「勿論、全ての政略結婚でそこまで準備をするのは難しいだろうから……本当に、一族を上げて行われる政略結婚だけだろうね、ああした準備をされるのは」
嫌悪も忌避感も一切なさそうなルイトポルトを見て、ルキウスはやはり貴族と平民は元から違うのだなという風に思ったのだった。
次更新からはまた5~6日間隔を目指して更新出来るようにする予定です。
年末の繁忙期が過ぎても年始の繁忙期がやってくる職種プラス他の作業があるもので……。最低でも一月中はこの更新頻度になるかと思います。




