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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第三粒 ルイトポルトの社交界デビューの裏側で
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【108】夜の林にてⅡ

 本年とてもお世話になりました。来年もよろしくお願いいたします。

「お、お姿が見えたので……お一人では危険だと思いまして」


 メルツェーデスはルキウスの言い訳に、警戒を滲ませていた表情を、緩ませる。


「そうでしたのね。わたくしもすぐに戻りますので、ルキウスも早く戻りなさい。本日は大変でしたでしょう?」

「……いえ。メルツェーデス様をお一人にしたと知れれば、叱られますので」

「そうかしら……。いえ、そうね。ジゼルやジョナタンは叱るかもしれないわね」


 メルツェーデスはそう言ってから、そっと、目の前の木に触れた。


「幼いころ、皆でここで遊びましたの」

(皆?)

「お兄様にわたくしに、ホワイトオパール伯爵家のヴィクトーリアお義姉様にヘルムトラウト様、ファイアオパール伯爵家のスマルツィウス様にオティーリア様……」


 その並びで、ルキウスも流石に皆が誰であるか察した。


 政略結婚で結びついた、三オパール伯爵家の令嬢令息たちの事だ、と。

 そのうち、ブラックオパール伯爵と、メルツェーデス。そして伯爵夫人となったヴィクトーリアと、その弟であるホワイトオパール伯爵令息は、ルキウスも既に顔や名前を知っている。


「久しぶりに皆が揃いましたわ。皆、お元気そうでよかった。……見てちょうだい、ルキウス」


 声をかけられたので、近づいて、メルツェーデスが触れている木の幹を見た。


「薄く、線があるでしょう?」


 それは、メルツェーデスからすると丁度、手を目の前に出した高さにあった。恐らくナイフのような鋭利な刃物でつけられたのだろう、古い傷である。とはいっても、今は殆どが埋まるような感じになっていて、消えかけているが。

 そんな線が、いくつか……五つか六つか、あるように見受けられた。


「幼いころ、ヘルムトラウト様の提案で、皆の背を刻んだのです。木が成長したのでこの高さにありますが、昔はもっと低い位置にあったのですよ」

「そうなのですね」


 その手の記録を付ける事は、ルキウスも覚えがある。

 幼少のころ、新年になると父親に家の壁に立たせられて、ナイフで少しだけ傷をつけて、背の記録を取られた。懐かしい思い出である。

 平民だけでなく、貴族もそういう事をするのだと、なんだか普段よりも少しだけ、彼らを身近に感じられた。


「これはわたくし。これはお兄様ね。これはヴィクトーリア様で、こちらがオティーリア様。そして、これがスマルツィウス様……」


 メルツェーデスは嬉しそうに笑いながら、傷跡をなぞった。

 ファイアオパールというと、やはりルキウスには子爵令息バルナバスの記憶が新しい。あの、自信家な男に一番嫌な思いをさせられていただろうメルツェーデスは、ファイアオパール一族に対して思うところがあるのかと思ったが……そうでもなさそうである。


「…………ルイトポルトが、ヘルムトラウト様の子らと話をしているのを見たら、昔を思い出したのです」


 ルキウスは必死に、情報と名を結びつける。ヘルムトラウト8世の子なら、ルイトポルトからすると母方の従兄弟という事になる相手だ。


「今にして思えば、あの頃、お父様方は相当に無理をして、わたくしたちを引き合わせていたのだと分かるわ。けれどそのおかげで、三家の当主一家には確かに絆がある」


 メルツェーデスの、普段とは違いただおろされているだけの髪の毛が、風に揺れる。


「その絆を絶ってはならない。絶対に。そう思ったのよ。たとえ、何を犠牲にするとしても」


 心臓が、どくりと跳ねる。何か、今まで感じた事のない圧のようなものが、今のメルツェーデスにはあった。


 青い瞳がルキウスを捉える。


「ルキウス。貴方がルイトポルトの元に残る事を選んでくれて、わたくしはとても嬉しく思うの。信頼の置ける、何もかも明かせる人が傍にいるかいないか。それは、わたくしたちのような身分の者にとってはとても重要な事で……望んでも簡単には得られないものだから」

「メルツェーデス様にとっての……ジゼル様のような、方ですか」


 ルキウスの言葉にメルツェーデスは少し驚いたように青い瞳を丸くして、それから頷いた。


「ふふ。そうね。ジゼルの事は本当に信頼しているわ。わたくしにとっては親友のような子だから」

「親友……」

「ええ。この国で親を亡くし困っていたジョナタンとジゼルの二人を、わたくしの父が拾ったのよ。それ以来、伯爵家に忠誠を誓って働いてくれているわ」


 二人が他国人なのをルキウスは初めて知った。見た目での差はジュラエル王国人と殆どなかったからだ。

 ただ、言われてみると名前の響きは、この国ではあまり聞かないものかもしれないと思った。


 風が、二人の服や髪を揺らす。


「……随分話し込んでしまったわね」

「御屋敷までお送りします」

「お願いするわ」


 ルキウスは、メルツェーデスを連れて屋敷へ向かった。すると、屋敷の出入口にも人影があった。誰かと思えば、ジョナタンである。

 ジョナタンは戻ってきたメルツェーデスの横にいるのがルキウスだと気が付くと、安堵したようなため息を付いた。


「まあジョナタン。どうかしたの?」

「……ええ。メルツェーデスお嬢様がいらっしゃらないと、ジゼルが騒ぐのを黙らせるのに苦心しておりました」

「お嬢様は()して。もうそんな年ではないわ」

「誰にも話をせず一人で出歩くなど、大人のする事ではありません」

「ああジョナタン。説教ならばわたくしが一人で聞くから。……ルキウス。ここまでありがとう。どうか良い夜を」


 メルツェーデスにそう言われて、ルキウスは二人に対して、深く頭を下げた。そうして、今度こそ自室に戻り、今度は目を閉じてぐっすりと眠った。

 年始なので明日も更新する予定です。

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