【1】ゲッツ
作者が気分転換に頭空っぽにして書いてる物語です。激しいざまぁはありませんが、因果応報だな、ぐらいはある予定。
「――は?」
目を丸くして硬直したゲッツに対して、妻エッダはふんと鼻を鳴らした。
「だぁかぁらぁ、アタシ、男爵様のトコに行くから。もうここには帰ってこないわよ」
「……ま、待て。エッダ。何言って??」
「アンタの考えなんて聞いてないの。アンタが帰ってきたって聞いたから、説明しに来たってだけ。アンタが後から騒いで、男爵様にメーワクかけたらヤだから。それじゃ」
呆然としているゲッツを置いて、エッダはさっさと家を出て行った。慌てて妻を追いかけて外に出ると、エッダは馬車に乗り込むところだった。それもゲッツたち平民が使うような、木製で塗装も一切ない、荷物を載せるような馬車ではなく、貴族が使うような豪奢な馬車だった。
「エッダ!」
ゲッツはエッダを追いかけたが、馬車の馭者がゲッツに対して鞭を振るった。ゲッツはエッダばかりを見ており、そちらに意識を割いていなかった。鞭が右目に当たり、痛みで蹲る。
「っ、ぅぁ」
「近づくな、平民!」
「っ」
恐らくこの馬車の馭者も、貴族階級かかなり高い教育を受けた者だろう。この短い言葉を聞くだけでゲッツやエッダたちとは違う世界の人間だとよくよく分かる。
ゲッツは左目で必死に顔を上げた。エッダはドアの横にいた貴族の使用人の手を借りて馬車の中に乗り込んでいた。ドサリと皮張りの椅子に腰かけたエッダは、長い髪を払い、ドアの横にいた使用人に言った。
「そいつ、どっかにやってよ」
「畏まりました」
使用人は恭しく頭を下げて、それから、地面に蹲っていたゲッツを掴んで、馬車から引きはがす。抵抗しようとしたがパッと見細身なのに、どこに力があるのかというほど力持ちで、あっさりと成人男性であるゲッツを引きずり、馬車から見えないだろう位置にゲッツを転がした。
「お前の妻は男爵様を選ばれた。……妙な事は考えないようにするように。お前も自分の命が惜しいだろう」
使用人はそう言い捨てて、馬車へと歩いていく。
馬車のドアは閉められて、馭者が馬に鞭を振るう。いななきが響き、馬車は発車していった。何もわからぬまま放置されたゲッツを置いて。
⬛︎ゲッツ
エッダの夫
⬛︎エッダ
ゲッツの妻