一縷
ぼたぼたと落ちる体液は涙だろうか。
三倉咲良はこの場に友人が留まっていないことにひどく落胆して、ぐるぐるとその場を歩き回った。
「有り得ない……」
がじがじと爪を噛み、自ら考えた台本の通りにいかなかった原因を探る。手筈どおりなら今頃、全員霊域の外に放り出して友人と自分の2人きりだったはずなのに、と三倉咲良は悔しげに中指の爪を砕いた。
ずっと、待っていた。
何十年、何百年、と千年以上も待っていたのだ。
今更、立ち止まって己を省みることなどできないのだ。
「……平里蓮……大岩千紘……
そして、神原棗……」
真名を名乗らせる暇もなく逃がしてしまった虫たちの名前をブツブツと呪うように呟くと、三倉咲良は足元の腐り落ちた花をぐちゃりと踏み潰した。
***
「……あ。」
「穂稀さん?どうかしましたか。」
「さすがにバレたみたいだね。咲良が動き始めた。」
その一言で僕らは一気に現実へと引き戻された。動き始めた、ということは千年前のように霊域から大勢の怪異が湧き出す可能性があるということだ。
千年前ならまだしも、無意味な紛争で水準の下がった現代の異能者たちに対抗できるとは到底思えない。彼女たちも巻き込まれる。守れない。
……だから、初手で制圧したかったのに……!
サヤの望みを叶えたかった。サヤの望みを叶えるのは僕でありたかった。
けれど、仕留めきれないどころか一矢報いることすらできなかった僕じゃ……
「神原くん。」
「……なんですか、お稲荷さん。」
掛けられた声に顔を向けずに、項垂れたままぎゅっと両手を握りしめる。目を合わせたら僕の中の傲慢さを見破られてしまいそうで、怖くて顔を上げられなかった。
「君さ……なんというか、チグハグだよね。」
「……暴言ですか?」
「違うよ。事実だよ。」
「そうですか。」
そんなこと、僕だって分かっている。
記憶の累積的に人より長く生きているのと同じはずなのに、変に一般人よりも無知な部分がある。他人の感情の機微に疎い。
自分で気付けたのはそのくらいだけれど、きっと他にも色々あるんだろう。
権能の使い過ぎで混ざった僕らはもう人と神の境目すら分からなくなって久しい。どんな感覚を持っていたかなんて、もう思い出せない。
「……」
「あー、そうだなぁ……私が言うのも何だけど……君はもう少し、踏み込んでみても良いんじゃない?」
「……踏み込む?何に……」
「分からないかい?なら、顔を上げて周りをご覧よ。」
周りを見る?そんなことで何か分かるのだろうか。
不審に思いながらも言われた通りにゆっくりと顔を上げて見回す。大岩と茜塚は前世のように顔を寄せあって話し込んでいる。その傍で不安げにしている百合と京は時雨の手の中の飴玉に見向きもしない。高梨に小型の魔導具を渡している平里に視線を向けた時、ふと____オリエンテーションの霊域でのことを思い出した。
あの時は、部屋が燃えていて何も分からなかったのだったか。
証拠を跡形もなく消しされるほどの炎。そして、神話での『伊邪那美』の死因は……
「……そうだ。」
「気付いたかい?君にも味方がいるのだから_____」
「火だ。燃やせば良いんだ。」
「ん?」
霊符で出せない火力に、サヤの知らない霊力。魔力しか知らない相手の霊力なら、たどり着けないのも無理はない。たしか、霊力の残留具合からして燃やされてからの時間差はそうなかった。なら、もしかしたら。
彼なら、ミクラサラに勝てるのかもしれない。




