過去は戻らないのに
「神原?」
返ってきた声に怒りの感情は見えず、僕は少しほっとした。
だけど……声を掛けたはいいものの、怖くて顔が見られない。それに、「謝る」って一体どうしたら良いんだろう。
口で言うことは簡単だ。だけど、それだけで本当に良いとは思えない。だってそれは、きっと謝っていないことと同じだ。
だけど、それならどうすれば正解なんだろう。
「佐伯くん、顔顔。」
「……」
視線を横の方に向けると、むっすりと嫌そうな表情をした佐伯が刀の柄に右手を添えていた。警戒されて当然だけれど、なんというか分かりやすすぎるというか。
……だから表に出て来なかったのかな?
「……?神原?」
「あ!えっと、その。」
怖くて顔が見れない。けど、でも。謝りたい。
ちゃんと分かったんだって言いたいのに、なんて言ったら良いか分からないなんて。
サヤはこういう時どうしてただろう。他のみんなは?
……
…………分からない。分からないからとりあえず_____
「平里!佐伯、さん!
……ごめんなさい!」
謝罪の言葉は必須なんだから先に言おう!……あっでも、初対面の相手には「ごめんなさい」よりも「すみませんでした」の方が良かったかな……やっぱりダメかも……
「……は?え、俺も?」
「佐伯くん。ちょっと黙っていようか。」
どうやらこの人は思ったことがすぐ顔や口に出るらしい。ただ、最初に向けていた敵意は既に消え失せているから、本当にただ警戒していただけなんだろうな。
平里の説得があったかもしれないにしろ、僕を人質に取って平里を問い詰めていた時はあんな風に威嚇していたから……。
「……それは何に対しての謝罪なんだ?」
「佐伯……さんに霊力向けて硬直させたことに対して……です。」
「どうしてそれが謝らなければいけないことだと思ったんだ?」
「佐伯さんは異能のない一般人だから……中毒症状を起こして死んでしまいかねないから……だから、これは『悪いこと』だった、と……思って……」
「……そうか。
佐伯、お前はどう思う?」
平里の質問に誘導されて、伝えたかったことがまとまっていく。それと同時に、自分のしでかしてしまったことの重みが、改めて胸にずしんと落ちてきた。
……僕が佐伯だったら、きっと許さない。許せる訳ないよ。だって、自分を殺しかけた相手なんて怖いに決まって……
「……反省しているなら構わない。第一、先に手を出したのは俺だからな……」
「へ?あ、あのそれってつまり……許してくれるの……ですか?」
「そうだ。……俺もその、悪かったな。子ども相手に。」
……良いの?本当に?
佐伯の言葉が信じられなくて、ちらりと平里の表情を伺うと目が合った。平里は空色の瞳を細めて笑うと、声を出さずに「よかったな」と口を動かした。
……じゃあ、本当に……許された?もう大丈夫?
「よ、よかった〜……」
安心したら膝の力が抜けた。立っていられなくてへなへなとしゃがみ込むと、平里が笑いながら頭を撫でてくれた。
……やっぱり子ども扱いされてるよね。サヤが幼く見えるのは分かるけれど、僕まで子ども扱いしなくたって……
嫌いではないけどさ?
「いやぁ、それにしても……こうして見ると親子みたいだね君たち。」
様子を見ていた望月が、突然ニヤニヤと揶揄うような表情でそう言い出した。
親子?僕と平里が?
「それってつまり……平里がパパってこと?」
「そんな訳ないだろ。」
「え、ママなの!?」
「そう意味じゃねぇ!」
「あはは。本当に仲良いね君たち。佐伯くんもそう思わないかい?」
「……そうですね。羽世の兄貴は俺ですけどね。」
「おっと。藪蛇だったか。」
「兄貴だ」と言った佐伯の目に浮かんだのは嫉妬だろうか。そうだとしても、先程の怒りやら敵意やらに比べれば可愛らしいものだ。
武器に手を掛けていないし、何より僕と平里を引き離そうだとかそういう意図は見えないから。
きっと、今世の平里とずっと一緒にいてくれたのは彼なのだ。平里の弱かった頃を守っていたのは、今世の平里を尊重していたのは、僕らじゃないんだ。
その事実が少しだけ、ほんの少しだけ、
「寂しい」、と思った。




