願わくは
「……ぅ、ぐ……」
基地のすぐ側。学生たちの報告を受けて1年生たちの捜索をしていた久米は瓦礫の陰から聞こえた呻き声に、嫌な予感がした。遠くで響き渡っていた雷鳴はいつの間にか潜まっており、それが久米には嵐の前の静けさのように感じられて仕方がない。
「声真似のモンスターかもしれない」と頭では警戒しながらも、身体は先走って無防備に駆け寄った。
「君は……吉川文目か!?」
「……ぁ……久米上官……!良かった……」
絶え絶えの息の中、安堵の色を滲ませた声の主は、目立った外傷こそないもののかなりの疲労が見て取れた。
制服はボロボロであるし、丈夫なはずの靴はところどころ破れてしまっている。おまけに、支給品の銃は凹み折れ曲がって杖としてすら使えないほどだ。
実力のあるはずの吉川文目の現状に、久米の背中にヒヤリと冷たいものが伝った。
「……一体何が____いや、今は治療と休息が先だな。大丈夫だ、すぐに_____」
「待ってください!古賀がまだ、あそこに____げほっ、ごほっ……うぇ……」
焦燥と絶望がせめぎ合う頭でも「何とか安心させなければ」、と久米が震える声で吉川文目に呼びかけたが、吉川文目はそんな久米の腕に焦った様子で掴みかかり咳き込んだ。その尋常ではない様子に久米はハッとあることに気づくと、俯いて肩を大きく上下させている吉川文目の首筋を見つめた。
「……まさか。」
久米の脳裏に浮かんだ可能性は、声にできぬまま風に運ばれていった。
***
危機を察知できたとて、対処出来なければ意味が無い。
そんなこと、ずっと知っていたはずなのに。
大中小と大きさの異なる3匹の狐を従えた軍服姿の女性____望月穂稀は遠くに見える惨状に言葉を失った。
その周囲は塗り潰されたかのように黒く、生命という生命が枯れ果て崩れている。が、赤黒い鳥居に囲まれた外は、依然としていつも通りのただの荒地が広がっているだけだ。
死と生の境界線。数多の生命を奪う者____黄泉津大神となった伊邪那美命、その霊域。
(……咲良が神様に呑まれてしまったのは私のせいだ。だけど……)
あれ程慈愛に満ちていた神様がこれ程までに生命を奪う程の絶望とは、一体どれ程のものだったのだろうか。
今あそこにいるかつての親友も、神様と同じように絶望してしまったのだろうか。
_____あの頃の自分と、同じように。
望月はぐっと手のひらに爪を立てると、瞼を閉じて深く息を吐いた。冷たい風が吹いて制帽が飛ばされた拍子に、稲穂色の長い髪がふわりと広がった。望月はその長い髪を捕まえて一つに縛ると、改めて霊域の境を見つめた。
(私が……ううん。私たちがこの因縁を終わらせなきゃいけない。これ以上、私たちの時代のツケを後輩たちに払わせる訳にはいかない。
……咲良……今まで1人にしてごめん……)
砂埃が肺に溜まるのも気にせずに望月は再び深呼吸をして、狐達を引き連れて霊域目掛けて飛び出した。瓦礫に躓いても、どれだけ傷付こうとも、もう彼女が足を止めることは無い。
霊域の中心、空までもが赤黒く染まった血染めのような景色の中、黒髪の少女は虚ろな目で嬉しそうに笑った。
「あは。ずぅっと待ってたよ……穂稀ぇ。」
足元に転がる白い髪を踊るように踏み拉きながら笑う少女の姿は、どこか壊れた人形のように空虚に見えた。
かつての守護者。かつての英雄。かつて理想を胸に戦っていた少女、その成れの果て。今やその姿は見る影もなく、理性を失いたったひとつの『願い』のためだけに動いている。
もはや彼女は、混沌の上に坐す怪物に成り果てていた。
次回更新は8/2になります。よろしくお願いします。
(間に合いませんでした)




