臨む
奪われることなど、もう慣れたと思っていた。長い長い時間の中で、ずっと失い続けてきたから。
でもそれは、慣れていたんじゃなくて_____君が傍にいたから、離れていかないんだって信じられたから、だから乗り越えられただけだったんだ。
***
「_____っ離せ!」
身体じゅうに巻きついた『何か』を弾き飛ばすと、砂埃の奥で三倉沙羅___いや、『彼岸の主』は意外そうに目を丸くした。
「あら……全員いっぺんに振りほどくだなんて。火事場の何とやら、ってやつかしら。」
「うるっっさい!詫びて死ね!!!」
軍靴風のブーツの靴裏に仕込んでいた刃を引き抜いてその首筋目掛けて振り抜いたけど、彼岸の主は軽く首を傾げるだけで回避してしまった。
圧倒的な対人経験の差。彼我の差は権能だけでは到底埋められない程に開いてしまっている。
だけど、それが諦める理由になんてならない。
あの子がそうしたように、僕だって______!!!
「諦めが悪いわね。せっかく助かった命なのだから、もう少し賢く使ったらいかが?」
ひどく平坦な声でそう言いながらも、彼女は面倒そうに怪異を1体けしかけてきた。すぐに避けて蹴り飛ばすと、また砂埃が舞い上がって僕らの間を隔てていく。それでも互いの視線は外れない。外してはいけない。
視界に靡く黒に白が混ざっていくことが、今はただ虚しい。
……そうだよ。あなたの言うとおりだ。本当にそう思う。
僕1人だったら、とっくに諦めて逃げてた。
前世の死因。僕らの仇。僕らの罪の印そのものだ。今だって、恐ろしくて仕方がない。
震える脚を思いっきり叩いて無理やり力を込める。酸欠で指先が色を失っていく。
でも、ここで諦めたらきっと、本当にあの子は帰って来れなくなってしまう。それだけは嫌だ。
たとえ何を犠牲にしたっていい。どれだけ苦しんだって構わない。
世界で一番、愛しい君たちのためなら僕はなんだってできるんだ。
「……そんなの、まだ分からないでしょ?浄化の僕が穢れの君に勝つ、って言い換えるとまだまだ可能性ありそうじゃない?」
「確かにそうね。それじゃ、精々楽しませてご覧なさいな____高龗神の、神依さん?」
そう言って微笑む彼岸の主に隙は見当たらない。それどころか、下手に動けば瞬きする暇もなく死んでしまいそうだ。
戦況は圧倒的不利だ。せめて平里……今は羽世だっけ。がいてくれたらなぁ。
鉄錆の味のする息を大きく吸って、僕はサヤの真似をして無理矢理笑顔を形作った。
***
「____ーい、おい!?大丈夫か!?」
ゆっくりと伊佐が瞼を上げると、逆光の中、見慣れた空色の双眸が自分を見下ろしていた。特徴的な虹彩がきらりと光り、影の中で灯火のように浮かび上がっている。
「……あれ、平里先輩?」
ぼんやりと回らない頭でそう呟くと、その瞳の持ち主はあからさまに驚いたようで勢いよく飛び退いて辺りを見回した。
なんでそんなに驚く必要が……と伊佐はしばらく不思議に思っていたが、今が『前世』でないことを思い出して自身の頬をつねった。
「痛……い?……現実ですか?」
「現実だよ、紛れもなく。……で。お前、名前は?その名前を知ってるってことは『昔』の知り合いだろ?」
目の前の青年が苦笑いしながら手を差し出した時、伊佐はようやく自分が倒れていること_____そして、その直前に『何があったか』を思い出した。
「先輩!」
「うぉっ!?何?」
「手を貸して下さい!三倉沙羅が……黄泉の神が……」
「落ち着け、何が……」
「とにかく!久山先輩が危険なんです!」
焦りで干上がる喉で伊佐がそう叫ぶと、青年の顔からさっと血の気が引いた。
夕焼けとも朝焼けとも似つかない不気味な赤い空の下、奇縁に導かれたかつての英雄たちは悲劇の再演に誘われていた。




