終に
……どれくらい経っただろうか。
怪異を屠る手は止めずに少し考えてみたけど、きっとまだ10分も経っていない。通常の状態での移動ですら30分程度は掛かったんだから、きっと疲弊した今の吉川文目じゃまだまだ帰り着くことすらできていない。
だったらまだまだ!頑張らないと!
そう自分を鼓舞して戦い続ける。何にも考えずに戦えたなら、きっと時間が経つのも早いんだろう。けど、そこまで集中するほどの強さはこの怪異たちにはないし、単純作業に没頭できる人間はそう多くない。
……嫌だな、こういうの。いっつも誰かと一緒か、短時間でサクッと終わってたから……。
空を泳ぐ白い龍も、後方から飛んでくる青い光もない。皆を照らす小さな陽光も、周囲を舞い踊る蝶々も、前方で盾を構える背中もない。
……本当に、ひとりなんだ。
……だとしても。だからどうした!失敗なんて、負けるなんて許されない。
この程度の怪異だと久米上官たちなら大丈夫でも、学生たちにとってはかなりの脅威だ。そこそこ練度のあるはずの吉川文目ですら、目の前まで来た怪異を捌くので精一杯だった訳だし。普段から銃を使ってる人が弾薬調整する余裕すらないって、よっぽどの事だよ。
そうだよ、だから___私は止まっちゃいけない。
脚から這い上がってくる震えを踏み砕いて、ひたすら怪異が密集している箇所を探しては権能を放った。
『ひとりぼっち』だなんて思いたくない、考えたくない。兄さんも茜塚だって、平里だっているのに。今は此処にいないだけだもん。ちゃんと……いるよ。生きてるもん。だから、大丈夫なんだ。
そう自分に言い聞かせながら戦い続けていると、ふと、波が引くように怪異の侵攻が止まった。
「……?」
怪異たちは私を中心としてくるりと囲むみたいに、だいたい500……いや、450メートルくらい?の距離から進もうとしない。雷が届かない訳じゃないけど、怪異の動きが読めない以上あまり無闇矢鱈に攻撃するのは悪手だろう。
1歩踏み出せば怪異も1歩分下がる。反対に1歩下がれば怪異も1歩分近寄ってくる。
まるで、この距離を保たなきゃいけない理由があるみたい……?
でも、だとしたらそれは何?そして、その目的は?
「うーん……わっかんないなぁ……」
花いちもんめのみたいに行ったり来たりを繰り返していると、視界の端に何やら赤錆た物がチラついた。
「……ん?あれって……」
怪異が近づいて来ないか警戒しつつ近付いてみると、なんか見覚えがあった。めちゃくちゃ見覚えがあるよなーコレ。
……あ、アレじゃん。オリエンテーションの時に見つけたやつ。
砂に埋められてた、地下への扉。
「……まーたおんなじ手口に引っかかってた、ってことかぁ。」
通信端末の画面表示機能を乗っ取って、見せたくないものを景色に隠す。砂蚯蚓の時にも使われた手口だ。
……っていうか、まさかあんな事件があったのに対策してなかったの?それはさすがに職務怠慢過ぎるんじゃなーいー?
どうしよっか……さすがに怪異達が何するか分かんないのに目は離せないしな……。でもこれが仮に解放軍の基地への出入り口だった場合、私、この格好じゃ危ないよね?
うぅーん……吉川文目、早く救援連れてきてくれないかな……そしたら怪異は任せて、私が___
「……あら、随分と楽観的なのね。意外だわ。」
「……っ!?」
声に反応して振り向くと、そこには黒い髪を風になびかせて穏やかに笑う少女の姿があった。すっと細められた目だけが異常に暗く、得体の知れない異常さを放っている。
……三倉沙羅!?いつの間に背後に___いやそれよりも、なんで怪異があんなにいるのに襲われていないの?
おかしい、おかしい。
何かがおかしい、絶対に!
「……なんで、いるんですか……」
「『なんで』?『なんで』と聞かれても……子どもたちの所へ来るのに理由なんていらないでしょう?
ね、『黒雷』の神依さん?」
……クロイカズチ?カミヨリ?いやその前に今、『子どもたち』って。それらしいのなんて、どこにも___いや、まさか。まさかあの怪異って……。
まさか、そんな事が有り得るなら、そんな訳、でも、それじゃあ。
この恐怖は______本能は。
「……彼岸、の……主?」
私がポツリとそう零すと、三倉沙羅は___私たちの死因は、にっこりと可憐に笑った。その笑顔からは到底、最上位たる彼岸級の怪異らしさは感じ取れない。
それが余計に、私の脳裏をざわつかせた。
「ええ。その節はどうも、楓さん。私の用意した新しい人生は楽しめたかしら____ああ、そういえば最初は『高龗神』の神依さんの方が主人格だったのよね。そうなると……あんまり楽しめる程の期間はなかったのかしら?ごめんなさいね。」
……言ってる意味が分からない。けど、これで分かった。
私たちは、失敗した。
彼岸の主は、未だ健在だ。
自分たちの死が無意味だったことよりも、こいつが私と兄さんを生まれ変わらせたことよりも。
私たちが無責任に死んだ後、どんな惨状が待っていたのか知らなかったことに腹が立った。
記録の大半が消失して。異能者たちは迫害を受けて逃げ続けて。魔導技術を進歩させられる人がいなくなって。
それでも、怪異は生まれ続けて。
それなら、私が無邪気に「普通になれるかも」「物語みたい」と喜んだくせに壊そうとした世界は、一体、何を以て作り上げられてきた?
「……っあ、」
兄さんは、気付いていたのだろうか。
だから、あの場所に私を留めたがったのだろうか。
「ああ……」
平里が教えてくれなかったのは。茜塚が言わなかったのは。
「あああぁ……」
きっと、私のせいだ。私のためだ。
罪悪感を抱かないように、過ちに気付かせないために。
私が「醜い」と思った世界ですら、甘く繕われていたんだ。目隠ししてもらってたんだ。
……今更気付いたの。馬鹿だな、私。本当に愚かだ……。
「……後悔しているところ申し訳ないけれど、そろそろ良いかしら。」
「何っ____ッッッ!?」
「もうあなたの役目は終わったの。だから____」
何?何が起きてるの?
顔を上げようとした途端、首に何かが巻きついて大きく身体が跳ねた。錆びた鉄の臭いがする。視界が白と黒に点滅して何にも見えない。何にも分からない、のに。
「____先に帰っていて(死んで)頂戴ね。」
少し悲しそうな三倉沙羅の声だけが、やたら鮮明に聞こえていた。
伊邪那美命
神代七代のうち、1番最後に生まれた女神。双神である伊邪那岐命とともに国生み・神生みを行ったが、火の神である迦具土を産んだ際に負った火傷が原因で亡くなった。
その後黄泉の国を訪れた伊邪那岐命が約束を破ったため、黄泉の神として「一日千人を殺す」と宣言した。
黒雷
伊邪那美命の身体に巻きついていた八雷神のうち、腹にいたとされる神。雷によって黒焦げになることを神格化したものとされる。
『雷』に関連する神であることから竜蛇神であるとする説もあるが、実際のところどういった姿をしていたかの記述はなく定かではない。
高龗神
主に雨など水を司る龍神。
伊邪那岐命が迦具土を斬り殺した際に刀の柄から伝い指の合間から滴り落ちた血から成った闇淤加美神の別名とされる。
参考:
國學院大學 古典文化学事業HP
神名データベース
https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/shinmei/
古事記ビューアー
https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/%e5%a4%a9%e5%9c%b0%e5%88%9d%e7%99%ba/
貴布禰総本宮 貴船神社HP
https://kifunejinja.jp/shrine/




